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林真理子、林望、村田喜代子ら現役作家に学ぶ 人と差をつける文章術4選

良い文章の書き方とは。私たちはそれを学ぶ機会のないまま大人になり、ただ漫然と書いていることも多いのかもしれません。小説やエッセイを書きたい人だけでなく、SNSの文章や就活の自己PRにも役立つ、現代の著名な作家が教える文章術4選を紹介します。

林望『リンボウ先生の文章術教室』自分のことは茶化しても、他人の悪口は絶対書くな


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 カルチャーセンターや大学の受講生の作文の添削例を多数提示しながら、良い文章の書き方を考えます。著者は、『謹訳 源氏物語』などで知られる日本文学者で作家の林望です。
 素人が書いた旅行記がなぜつまらないか。それは書いた本人が感興に浸っているだけで読者の視点が抜けているから。優れた落語家は、自分は笑わずに人を笑わせるものだが、下手な文章は書き手だけが笑っている状態にあると言います。

林真理子の『ルンルンを買っておうちに帰ろう』、ああいうおもしろいエッセイを読むと、いかに林真理子が自分自身を茶化して書いているか。それはあくまでも冷静に自分を観察して、戯画化した結果なのであって、自分受けの悪ふざけをしているのではありません。

 自己を客観視することから良質なユーモアは生まれる、と著者は説きます。自分のことはいくらからかっても、他人をからかってはいけない。それは文章が下品になるから。では、他人の悪口を書きたくなった場合は、どうすればよいのでしょうか。

 嫌なやつに対して何か書きたくなったら、正しい態度は何も書かずに黙殺するということです。私の大学時代の先生で、軽蔑すべき教授が一人ありました。私は大学時代の恩師たちのことをあちこちに書きました。しかし、その先生のことは、ついに一文字も書いていない。つまり僕の本を全部読むと、その先生は慶応大学の国文科に存在していなかったかのようであります。それが私の、もっとも鋭い批判なんです。

 このことは、SNSで自分の意見を発信するときにも、心に留めておくとよいかもしれません。

村田喜代子『名文を書かない文章講座』あなたが、「ここは上手く書けた」とこれみよがしに書いた一文は、たいてい滑っています


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 87年、『鍋の中』で第97回芥川賞を受賞した著者が、カルチャーセンターで多くの受講者の書く文章に接した所感をまとめた1冊です。
まず基礎として、誰もが思うようなことは書かないこと。「昨夜、公園を歩いていると、桜が咲いていてきれいだった」の「きれいだった」は蛇足。どのように「きれいだった」かを描写して、「昨夜、公園を歩いていると、桜が真っ白に咲いていた」とすると、文章がぐっと垢抜ける、と著者は言います。
 また、多くの人が「名文」だと誤解している文章を具体的に挙げ、それがなぜいけないのかを解説していきます。

「私の心の空間に虚無の風が流れ込んだ」
 作者は大真面目でも、読者にはほとんど戯画調だ。おおげさな言葉は文章力の欠如を物語る。
「私の心の中にさびしい風が流れ込んだ」と、これでいい。
「私の存在の欠落感を周囲の人々は認知することもなく、大都会の空虚な雑踏の中へ散って行く」
 こんな実質のない文章を誰が読むだろう。文章は日常使っている普通の言葉に近いもので書かねばならない。普通の言葉では書くことができないような濃密な内容を、あえて普通の言葉で書く。「空虚」のような生硬な難しい言葉を使うと、一見重い内容であるような感じを与えるが、じつは既製の二文字で片づけた、粗雑な、それこそ「空虚」な文章だと言える。

 手垢にまみれた言い回しを避ける、ということを著者は繰り返し述べています。例えば、「若い女の豊満な肉体には隠せない色香が漂っていた」という文章は、書き手自身が対象を観察した結果できた文章というよりは、観念が先行した陳腐な表現に過ぎないので忌むべきである、と。

良い文章とは、自分にしか書けないことを、だれが読んでもわかるように書く。
悪い文章とは、だれでもが書けることを、自分だけにしかわからないように書く。

 このことを実践したのが、芥川賞作家の今村夏子で、小説を書くうえで本書を指針にしたと述べています(『むらさきのスカートの女』文庫版収録のエッセイより)。なるほど今村作品は、けれん味のない平明な文章でありながら、これまで誰もが表現しえなかったような、いわく言い難い不穏な世界を読者にみせてくれています。

高橋源一郎『ぼくらの文章教室』文章を書くのに特殊な体験は必要ない


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 一般の人が書いた手記から、純文学として高い評価を受けた芥川賞作家・朝吹真理子著『流跡』まで、幅広い例文を示し、名文を名文たらしめているのは何かを考えた本書。著者は『さようなら、ギャングたち』などの著作で知られ、多くの文学賞の選考委員も務めてきた高橋源一郎です。
 本書では最初に、明治生まれの貧しい農婦が臨終に際して書いた文章を紹介します。正規の教育を受けていない彼女が書いた文章は拙く訥々とつとつとしていますが、上手下手という基準をこえて、胸に迫ってくるものがあります。それは、彼女にどうしても伝えたいことがあったから。書くべき何かを持っている人は、ときに名文以上の文章で読む者を圧倒するといいます。
 そうなると、「書くべき何か」、例えば、戦争、震災、極貧、破滅的な恋愛といった強烈な体験を持っていない人は、人に読んでもらうような文章を書けないのではないか、と自分の平凡さに劣等感を持ってしまう人もいるかもしれません。

 波乱万丈で豊かな人生がないとしたら、文章は書けないのだろうか。それは、半面では正しくない。人生の豊かさとは、その生涯に出会う事件の多さによるわけではない。豊かさとは、その人物が自らの人生を見つめる視線の深さによるものである。そして、誰にでも人生はあり、誰でも、それを見つめる視線は持っているのだ。遠くまで出かける必要はない。何か特別な場所を探す必要はない、そもそもそんな場所などないのだから。あなたたちがいる場所、そこに、書かれるべきものはすべて存在しているのだから。

 大切なのは、どれだけ凄絶な体験をしたかという自分語りではなく、その体験のなかから「誰でも関係のあるもの、誰でも必要としているもの、必要としているどころか、それがなければ生きていけないもの」を抽出して読者に差し出せることにあるようです。

島田雅彦『簡潔で心揺さぶる文章作法 SNS時代の自己表現レッスン』文章は書き出しが肝心


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 SNSの普及により、一億総ライターとなった今、短い言葉で相手に印象付ける秘訣を教える本書。著者は、『パンとサーカス』などの著書で知られ、芥川賞選考委員を務める島田雅彦です。
 世に文章を書きたい人は溢れていますが、あかの他人、それも素人の書いた文章に最後まで付き合ってくれるほどみんな暇ではありません。誰かに読んでもらうには、書き手は工夫を凝らさなければならないわけですが、書き出しは特に大切だと言います。例として、2003年史上最年少で第130回芥川賞を受賞し、ベストセラーとなった『蹴りたい背中』の書き出しを例に挙げています。
(あわせて読みたい記事:https://pdmagazine.jp/works/openingpassage/

「さびしさは鳴る」
 ここには「いったい、何のことだ?」と読者に思わせるある種の不親切さがあります。主人公の状況を描写した重要な場面ですが、ここだけでは何の説明もされていません。読者にはこの謎を知りたいという欲求が生まれます。この仕掛けが読者を惹きつけていくのです。
 さらに伊坂幸太郎の『重力ピエロ』の書き出しです。
「春が2階から落ちてきた」
 読者はまず、「春という猫ならともかく、季節の春は2階から落ちてこない」と考えるでしょう。ここにも『蹴りたい背中』と同じように、「いったい、何のことだ?」という仕掛けが含まれています。また、これらの例に共通するのはキャッチコピー的である、ということでしょう。双方の書き出しはこの一文だけひとり歩きするぐらい人気があります。ひとり歩きというのは、多くの人はさびしさが鳴ってどうなったのか覚えていないということです。カフカの『変身』において、虫になった主人公がどうなったか、ということを覚えている方も多くはないはずです。私がここで言いたいのは、物語の結末を覚えていなければいけないということではありません。他は忘れてしまっても、ひとり歩きして記憶されるぐらいのキャッチコピー力が書き出しには必要である、ということです。

 短い文章で、しかも一度読んだ人が忘れられないようなフレーズを作るためには、読者の意表を突くことが大切です。これは、文章を書くときだけでなく、就活の自己PRなどでも同じだといいます。例えば、自分が偏屈な印象を人に与えると分かっているなら、それとはギャップのあるエピソードを披露すべきだし、大学時代に頑張ったことなどは、みんな似たり寄ったりの内容になりがちだから、利用者という視点から見た大学の使い勝手はどうだったか、など視点を転換した回答をしてみては、と提案しています。

おわりに

 文章術についての4冊を紹介しましたが、4冊ともに共通して出てくるキーワードがありました。それは、「客観性」(自慢や自己憐憫はダメ)、「視点」(特別な体験よりも、同じ体験の中でも人とは違った見方ができるか)、「省文」(文章を短く削る勇気を持つ)の3つです。これらの本を参考に、ぜひ日頃の文章をブラッシュアップしてみてはいかがでしょうか。

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