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純文学作品に学ぶ“女の嫉妬”【文学恋愛講座 #10】

恋愛感情とは切っても切り離せない“嫉妬”。女性の中には、嫉妬心が一度燃え上がると、なかなかその火を消すことのできない人も多いようです。今回の文学恋愛講座では、“女性の嫉妬”を描いた純文学作品を教科書に、嫉妬のもたらす思いがけない作用や効用について考察します。

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いつの時代も、恋する人の心を狂わせる“嫉妬”。好きな人と親しそうにしている相手への嫉妬、パートナーの元恋人に対する嫉妬、なかなか振り向いてくれない相手自身への嫉妬──など、その悩みの種は尽きることがありません。

中でも、女性の嫉妬は根が深く、一度燃え上がるとなかなか火が消えないことを実感されている方も多いのではないでしょうか(もちろん、男性にも嫉妬深い人はたくさんいますが)。純文学作品にも、女性の狂おしいほどの嫉妬を描いた小説は数多く存在します。

今回は、そんな“女性の嫉妬”をテーマにした3つの傑作をご紹介しつつ、その思いがけない作用や効用を紐解きます。

【ケース1】死を食い止めるほどの嫉妬心──『卍』

卍
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【あらすじ】
美術学校に通う園子は、そこで光子という美女に出会う。何者かによって園子と光子が同性愛の関係にあるという噂が流されるが、ふたりはその噂に反発するようにわざと仲良くするうち、やがて本当に関係を結んでしまい……。

「嫉妬」の恐ろしさとそのエネルギーの強さを余すところなく知ることのできる作品が、谷崎潤一郎による長編小説『卍』です。この作品では、語り手の園子、その夫の柿内、そして園子の同性の恋人である光子、光子を慕う男・綿貫──による泥沼の四角関係が繰り広げられます。

登場人物全員が誰かしらに嫉妬の感情を向けている本作ですが、中でも特筆すべきはやはり、主人公・園子の嫉妬。園子は、最初に光子の美しい裸体を見たその日から、独占欲に駆られます。

「ああ憎たらしい、こんな綺麗な体してて、――うちあんた殺してやりたい。」

その思いはすぐに恋愛感情に変化し、園子は、夫に隠れて光子と交際するようになります。やがて、光子に綿貫という男性の婚約者がいることが分かり、園子は嫉妬心を燃やしますが、園子は光子との関係を諦めるどころか、より彼女への気持ちを強くするのです。

光子と心中を企てた園子は、薬を飲んで酩酊状態に陥ります。彼女は、朦朧とする意識の中でもなお、夢を見ながら光子と綿貫との関係に嫉妬し続けるのです。

いろいろ不思議な夢あるのんで、これも宿屋みたいな所に私が昼寝してましたら、傍に綿貫と、光子さん小声で内証話してて、「姉ちゃんほんまに寝てはるねんやろか。」「眼エ覚ましたらいかん。」いうて、ヒソヒソしゃべってるのんが切れ切れに聞えますのんを、私はうとうとしながら聞いてて、(中略)二人の様子見えへんけど、見えんかてもう分ってる。自分はやっぱりだまされたんや、自分にだけ薬飲まして、こないな目エに遇わしといて、その間アに光子さん綿貫呼びやはったんや、エエ、口惜くやしい、口惜しい、今跳び起きて二人の面皮剥いでやろ!

なんとか一命をとりとめた園子でしたが、その後、あろうことか園子の夫・柿内が光子に恋をしてしまい、柿内夫妻はしだいに光子に逆らえないようになっていきます。光子は3人での服薬自殺を提案し、夫妻はそれに応じますが、またもや園子だけは一命をとりとめるのです。

園子は物語の最後、死んでしまった柿内と光子の姿を見て自分も後を追おうと思いながらも、再び嫉妬に駆られてこんなことを考えます。

ひょッとしたら、生き残ったん偶然やないかも分れへん、死ぬまで二人に欺されてたのんやないやろか

園子が二度も自殺を企てたにもかかわらず生き残ることができたのは、言うなれば嫉妬から生まれた猜疑心のおかげです。嫉妬はひとりの人生を狂わす恐ろしいものでありながら、同時に、生に向かう強いエネルギーになりうるものでもあるようです。

【ケース2】愛が先か、嫉妬が先か? ──『愛の渇き』

愛の渇き
出典:http://ur2.link/MpS6

【あらすじ】
女性問題で自分を悩ませ続けた夫の急逝後、杉本悦子は、義父・弥吉の別荘兼農園に身を寄せた。間もなく弥吉と肉体関係を持った悦子だが、しだいに下男である三郎の若さと素朴さに惹かれていき……。

他者への嫉妬は時として、恋愛を成就させる「手段」ではなく、「目的」そのものにすり替わってしまうことがあります。
三島由紀夫の長編恋愛小説『愛の渇き』では、浮気性の夫に苦しめられ続けた悦子という女性が、強い嫉妬に苛まれ、人生を狂わせていくさまが描かれています。

悦子は、浮気ばかりする夫に耐えきれなくなり、一度は自殺を考えます。しかし、夫が腸チフスにかかり、その看病をしているうちに、看病をしている間だけは嫉妬心から逃れられる自分に気づくのです。やがて夫が亡くなると、悦子は再度、夫の後を追って死ぬことを考え始めますが、その動機はこう書かれています。

彼女の空想した殉死は奇怪なものであった。良人おっとの死に殉ずるのではなくて、良人への嫉妬に殉ずる殉死であった。

夫のためにではなく、“夫への嫉妬心”のために死にたい、と考える悦子。結局自殺を思いとどまった彼女は、義父である弥吉の別荘に身を寄せます。
そこで悦子は下男である三郎という若者に恋をしますが、三郎はあろうことか、愛してもいない女中の美代を妊娠させてしまうのです。悦子の嫉妬心は、ここで再び燃え上がります。

三郎はここを去ってはならぬ。そのためには結婚させねばならない。私と? 何という錯乱だ。美代と、あの田舎娘と、あの腐れトマトと、あの小便くさい馬鹿娘と、だ! そうして私の苦しみが完成される。私の苦しみは完全なものになる。

悦子は、三郎と美代を別れさせることを考えるより前に、彼らを結婚させることを企てるのです。その理由は、ふたりの結婚によって自分の“苦しみが完成される”からでした。

このような悦子の考えは一見、理解しがたいものに思えるかもしれません。しかし悦子は、強すぎる嫉妬をすることによってしか、その相手を愛していることを実感できなかったのではないでしょうか。まるで嫉妬をするために人を愛しているかのような悦子の姿を見ていると、嫉妬がいかにエゴイスティックで醜いものであるかが浮かび上がってきます。

【ケース3】究極の嫉妬がもたらす破滅──『死の棘』

死の棘
出典:http://ur2.link/Mq3c

【あらすじ】
ごく普通の夫婦であった敏雄とミホ。ある日、敏雄が日記に記録していた他の女性との情事の記録を見てしまったミホは、敏雄を問い詰めるようになり……。

現代歌人の穂村弘は、エッセイ集『もしもし、運命の人ですか。』の中で、意中の相手の“過去”に嫉妬することについて、こんな風に語っています。

相手の過去にやきもちをやくことを「さかのぼり嫉妬」と云って、これは人間の抱く全ての感情のなかで最も不毛なもののひとつだ。「さかのぼり嫉妬」のサイクルに入ると、出口のない愛情証明を求め始めて大変なことになる。

相手の“現在”の行動や言動への嫉妬は、相手を変化させる可能性を持っていますが、“過去”への嫉妬は何も生み出しません。これが、人間の抱く全ての感情のなかで最も不毛なもののひとつ──というのにもうなずけます。

あわせて読みたい:子どもの頃に憧れた未来は、すべて反転してしまった──穂村弘氏『水中翼船炎上中』インタビュー

そんな不毛な「過去への嫉妬」の究極を描いたのが、島尾敏雄による私小説『死の棘』です。『死の棘』では、恋愛結婚をした夫婦、敏雄とミホの関係が、夫の日記帳に記されていた過去の情事の記録をきっかけに崩壊してゆくさまが描かれています。

思いやり深い妻であったミホは、夫の不倫の記録が記された日記帳を見てしまった日を境に、強い嫉妬に駆られ、ノイローゼになっていきます。そして、敏雄に対して昼夜を問わず、過去の不貞を問い続けるようになるのです。

「ひとつだけギモンがあるの。きいてもいいかしら」
妻は遠慮がちに言うが、そのときすでに彼女のすがたは鴉の黒いつばさを装っている。私は反射的にそばを逃げたくなる。しかし逃げることはできず、じっと待っている。「あなた……に行ったことがあるの?」「……」「だれと行ったのよ」「……」「かくさなくてもいいじゃない。ちゃんとわかっているんだから」

このように、ミホはしつこく、何度も、敏雄を責め続けます。ミホはやがて精神を病み、

敏雄は事の如何を問わずミホの命令に一生涯服従す

という血判状を敏雄に書かせて部屋に貼らせるなど、その嫉妬心はどんどん暴走してゆくのです。敏雄が何度謝り、もう二度と不貞はしないとミホに何回誓っても、ミホは一切聞く耳を持ちません。
自分が生み出した過去の幻想に苦しめられ、夫を巻き込んで精神的に衰弱していくミホの姿は、嫉妬心というものの恐ろしさ、底知れなさを私たちに教えてくれます。

おわりに

『愛の渇き』でもご紹介した文豪・三島由紀夫は、“嫉妬”について、小説『盗賊』の中でこう記しています。

嫉妬こそ生きる力だ。だが魂が未熟なままに生い育った人のなかには、苦しむことを知って嫉妬することを知らない人が往々ある。

三島が言うように、嫉妬をしないよう、辛い思いを自分の中に秘めて苦しむよりも、正々堂々と嫉妬をすることこそが生きるエネルギーにつながる──というケースもあるでしょう。
しかし嫉妬心は、今回ご紹介した作品に登場する女性たちのように、人生を狂わせてしまう力も併せ持つ諸刃の剣です。誰かに強い嫉妬心を向けたくなった時は、覚悟を持ってその恋愛に臨んだほうがよいかもしれません。

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