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『鬼滅の刃』にふれたら? 鬼滅ロスを起こしたら、この5冊。 伝奇・ゴシックロマンベスト5

昨年大ブームを巻き起こした『鬼滅の刃』。今なおファンを増やし続けている『鬼滅』には源流があります。作者がインスパイアされたという『ジョジョの奇妙な冒険』『HUNTER☓HUNTER』といったコミック作品は言うに及ばず、作品には伝奇・ゴシック小説が多大な影響を及ぼしています。では耳慣れない伝奇・ゴシックとはなにか、から始めてみましょう。

『鬼滅の刃 遊郭編』のテレビ放映が始まり、ブーム再来の期待が高まっています。『鬼滅の刃』という作品はジャンル的にはファンタジーだと言われがちですが、日本の小説カテゴリーだと「伝奇もの」に入れられる物語です。物語の作りは幻想的な背景で、古典的な伝承、説話、歴史をベースに怪奇な事件や人物を描くというもの。『鬼滅』を荒っぽく要約すれば、大正時代を背景に鬼と人間の戦いを描いています。大正という実際の時代、そして鬼という伝統の怪物を退治するという設定から、「これは伝奇ものだ」となるわけです。学校で必ず触れる『竹取物語』『雨月物語』『南総里見八犬伝』が代表格ですね。近現代の日本でも芥川龍之介や山田風太郎、夢枕獏や荒俣宏など多くの作家がチャレンジして成功したジャンルです。欧米ではゴシックロマンとも称されていて、『吸血鬼ドラキュラ』『フランケンシュタイン』は古典になっていますね。『鬼滅』という超絶的に面白い「伝奇もの」の門をくぐった皆さんに、ぜひ触れて頂きたい名作5編をご紹介しましょう。

①ブラム・ストーカー『ドラキュラ』


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 作者のブラム・ストーカーはアイルランドの小説家です。カレッジ時代に時代の最先端をゆく詩人で劇作家であるオスカー・ワイルドと知り合い、自らも作家を志しました。先行する女吸血鬼小説『カーミラ』に興味を持ち、自身でハンガリーの歴史を学ぶうちに、通称、「串刺し公ヴラド」というトランシルヴァニアで最も恐れられた君主にぶつかります。このヴラドを吸血鬼のモデルにし、現代でも消え去ることのないドラキュラ伯爵を創造しました。
 物語はカルパチア山脈にある古城に住むドラキュラ伯爵が、ロンドンの弁護士ジョナサンを招くところで始まります。伯爵がロンドンで自分の獲物を増やそうと企んでいるのを知ったジョナサン、吸血鬼ハンターのヴァン・ヘルシング教授に助けを求めます。そこからジョナサンの婚約者も交えてドラキュラとの戦いが始まるというもの。出だし、招かれたジョナサンは城や伯爵を不審に思いつつも、旅の疲れで寝てしまいます。が、その翌朝……。

(中略)自分が仰天したのは、ひげ剃り鏡のなかに、自分のうしろの部屋の全景は映っているのに、伯爵の姿がそのなかに映っていないからであった。(『吸血鬼ドラキュラ』平井呈一 東京創元文庫)

 伯爵が怪人であることに気がつく最初は鏡に姿が映らないことです。この後、伯爵が城の壁を這い回るなど、存分にモンスター性を披露します。直射日光が苦手だったり、変身に長けているなど、この小説は現在の吸血鬼像を確立させているのです。ロンドンで迎え討つ際も、とにかく伯爵は狡猾で行動パターンが読めない敵として描かれます。
 物語は1897年に発表されたと思えないほど、現代的な手法で書かれています。ドラキュラとの戦いは日記、手紙、電報、新聞記事、録音音源で語られるのですが、ページを繰るたびにノンフィクションを読まされている臨場感にとらわれます。何度も映画化されてはいますが、原作超えを許さない、まさにゴシックロマンの大傑作です。

②メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』


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 ゴシックロマンの続きでいうと、メアリー・シェリーが書いた本作も聖典と言っていい物語です。作者のメアリーはフェミニズムの創始者メアリー・ウルストンクラフトを母に持ち、父は無政府・無神論者で知られる思想家ウィリアム・ゴドウィン。
 物語は北極圏から始まるという謎めいた展開です。探検隊隊長ロバートが衰弱したヴィクター・フランケンシュタイン博士を救助。ヴィクターは自分が創造した「怪物」について語り始めます。

「わたしたち人間は不完全な生き物で、中途半端な存在なのです。だから自分より賢く、優れた愛しい存在――友人とはそうあるべきものでしょう――が手助けをしてくれないれば、自分の弱くて欠点だらけの本性を改善できないのです。わたしにもかつて友人がいましたが、彼は人間のなかでももっとも気高い人物の一人でした。ですから友情についての判断を下す資格が、わたしにもあると思うのです。あなたには希望があるし、前途は洋々として、絶望する理由もありません。しかしわたしは、このわたしはすべてを失って、もうやり直すことができないのです」(『フランケンシュタイン』小林章夫 光文社新訳文庫)

 博士は人類による生命の創造に取り憑かれた人物で墓場を暴き、死体を使って人造人間を完成させます。しかし遺体を使っているため細胞ももろく、人造人間は醜く怪物のようです。博士はその結果に絶望し、怪物を残してジュネーヴへ去ります。怪物は知性も心もあるけれど、醜さ故に孤独に悩んで博士を追いかけてきます。ところが、博士の弟を殺めてしまいます。

「離せ、化け物! パパは偉い人なんだ。フランケンシュタイン(註:子供の親は判事である)というんだ。パパにお仕置されるからな。連れてなんかいけるもんか」
「フランケンシュタインだと!  おれの敵だ、永遠の復讐を誓った相手だ。おまえを最後の生け贄にしてやろう」
 子供はまだ暴れて、悪口を言い続ける。絶望的になったおれは、子供の喉をつかんで黙らせようとした。すると子供は死んで、足下に倒れた。
 生け贄の姿を見ると、驚喜とともに大きな達成感が心にこみ上げてきた。おれは手をたたいて叫んだ。
「おれにも悲しみをつくれるのだ。敵も不死身ではない。こいつが死んだことで、やつも絶望するだろう。これからいくつも惨めな思いをさせて、あいつを苦しめ、破滅させてやるのだ」(同文庫)

こうして創造者と被創造者が対決する悲劇へ発展し、避けられない破局へと向かうのです。
 SFの起源的作品とされているだけあり、科学や人間の原罪をするどくえぐる物語です。同じモチーフで映画『ブレードランナー』でも使われる、「人間らしさは人間だけのものだろうか」という問いと悲しみは読むほどにエモーショナルに響くことでしょう。

③石川淳『至福千年』


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 作者は『普賢』で第4回芥川賞を受賞した石川淳。彼は江戸時代、漢学者だった祖父を持ち、幼少から中国文学や漢籍に通じていました。別名は夷斎。まるで鬼殺隊にいてもおかしくない異名ですね。
 小説の背景は安政2(1858)年、開国か鎖国かの論議が沸騰、尊皇攘夷が叫ばれた幕末。幕府が倒れようとする大混乱期に千年会という隠れキリシタンの秘密結社が登場。千年会は日本を開国させ、千年続く神の王国をこの世に興すことを目指す組織です。率いるのが、キリシタンでありながら占いを得意とする神官にして、白狐を思いのままに操る加茂内記。彼の忠実な配下で更紗(更紗とは木綿や絹に人・鳥や獣・花などの模様を染めたもの)職人である東井源左。元は侍でしたが道を踏み外した冬蛾。変幻自在の殺戮者、じゃがたら一角。一方で、隠れキリシタンだが、内記に戦いを挑む材木商人、松太夫というのが主な登場人物です。そこに予知能力者である三太、キリストの転生者や、生けるマリアとして教団の広告塔に仕立て上げられる与二郎こと雲丸と月光院、剣の達人、不空こと花木主馬やイケメン若様の彦一朗が絡み、井伊直政や勝海舟といった実在の人物も搭乗して、話のスケールもぐんと広がります。
 また、この小説を『鬼滅』ファンへオススメするポイントとして、描写が優れてビジュアル的であることが挙げられます。試しに救世主として祭り上げられる雲丸の描写を引きましょう。

 垂らした総髪のかげに光るほどにおう顔かたちは塵をとどめず、目は空の色をうつしてひややかに、少年ながらまどいたゆたうけしきもなく、足もとに迫るひとのむれを見おろしてひるまない身のかまえには、かりにも救主の柱を負うに堪える品位がそなわっていた。

 美少年のアップからカメラが引くような描き方ですね。この小説では刀や着物の描写も細やかで、目に浮かぶようなシーンが絵巻物のように続いていくのが特徴です。 
 さらに、この小説の凄さは、次々と登場人物が物語から脱落する、その過程です。とにかく死にます。邪教の象徴になった雲丸を武人不空が討ち、不空も一角の毒矢で死に、ヒロイン的役割を担う前に月光院も天に召され、不空に助けられ、物語の鍵を握ると思われた超能力少年三太も「無。」と言い遺して果ててしまうのです。さらに主要登場人物も陰謀に疲れてしまったり、戦いより商売に鞍替えしたり、海外渡航に興味を持ったり無茶苦茶です。最後まで戦いの道を走るのは、理念も良心も一切持たない、DCコミックや映画で知られる、ジョーカー的な役割の一角だけ。その彼は江戸の町を焼き尽くす計画を実行に移すのですが……。読むと、その目まぐるしい展開や結末に「現代性」を感じること請け合いの怪作なのです。

④国枝史郎『神州纐纈城』


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 三島由紀夫が絶賛した伝奇小説の傑作を紹介しましょう。作者の国枝史郎は大衆小説の礎を築いた一人です。国枝が1925年から1年綴り未完になっている作品が本作。武田信玄の家臣庄三郎は夜桜見物の際、老人から纐纈布という深紅の布を売りつけられます。中国で人血で染められたとされる「妖しの布」が発する妖気に誘われ、庄三郎は富士山麓の纐纈城へ行き着くのですが……。以下は庄三郎を追って城に入った甚太郎が初めて布を目にした時のやりとりです。

「全体何んで染めるんだ?」
「生物の血でございます」
「ふうん」と云ったが甚太郎は何がなしにゾッとした。「犬の血かな? 馬の血かな?」
「人間の血でございます」
「黙れ! 馬鹿! 痴事吐かせ! で、どこから持って来るんだ?」
「城中に飼っておりますので」
「何、人間を飼っている?」
「お客様方でございます」

 そしてその後、恐ろしげな城では奇面の主が登場します。話が進むと超能力集団が現れたり、戦国時代に蒸気機関が現れたりするSF的な道具立てもあり、染め物のための人間狩りを行うホラー展開が用意されるなど、『鬼滅』を超えるような趣向や物語が詰まっています。未完ではありますが、現代のアニメや映画、コミックに劣らぬパワフルな作品なので、手にとって損はありません。

⑤荒俣宏『帝都物語』


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 博覧強記のおじさんとしてテレビでもおなじみの荒俣宏による小説デビュー作です。神霊篇から大東亜篇、外伝の「機関童子」まで含めると全13巻の大作。魔人・加藤保憲が平将門の怨霊を使い、帝都東京の破壊をたくらみ、明治大正昭和を通じて東京を守る人々と超能力対決を繰り広げるという物語です。アニメ化、映画化もされて大ベストセラーになった本作は『鬼滅』とメディアミックスの成功、時代設定も相通じるという共通項があります。魔人のルックスは映画版で演じた嶋田久作の姿が強烈過ぎて原作を越えたと話題になりました。小説でも開巻冒頭から加藤は凄まじい存在感で登場します。

その白眼がギラリと光る。
若者を抱きかかえるようにした白手袋の主は軍人だった。
この男もまだ若い。だが、将校には年齢がない。人間というものは、将校になったとたん、年齢には関係なく「世界」との対峙のしかたを身につける。たった一人で「世界」に挑む力と勇気とを、かれらは将校の肩書きを得た瞬間から、自分のものにする。
しかし、この若い軍人に引きかえて、白手袋でロを押えられたもう一人の若者のほうは、ただ見苦しく藻掻きつづけるばかりだった。まるで闇の中に置き去られた幼児のように。
軍人は、燃えるような目で蟇を睨みつづけた。この小さな怪物から視線をそらせたが最後、生命を失う結果になることを、彼も熟知しているようだった。

 ユニークなのは近現代史の実在の人物が加藤と戦ったり、手を結んだりして活躍すること。大河ドラマで広く知られるようになった渋沢栄一が魔人が引き起こした関東大震災から復興させたり、魔人に操られた三島由紀夫が霊と対決したりと、歴史を改変していきます。読みどころは明治から昭和初期の加藤VS陰陽師である土御門一門がバトルを繰り広げる1~3巻でしょう。

【おわりに】

 伝奇・ゴシックというジャンルは、その物語性や忘れがたいキャラクターを創造することで、長く文学史のみならずサブカルチャー全般に影響を与え続けています。ぜひ、この機会に人知を超えた冒険の数々に触れてみてください。

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