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【沢田研二×菅田将暉】『キネマの神様』原作小説の3つの魅力

沢田研二と菅田将暉の豪華W主演で話題を集めている映画、『キネマの神様』。原作は、原田マハによる“私小説的”長編小説です。映画の魅力が詰まった原作小説の読みどころをご紹介します。

2021年8月6日から全国公開される松竹映画100周年記念作、『キネマの神様』。本作は山田洋次監督の最新作でありながら、沢田研二と菅田将暉の豪華W主演という話題性も相まって、公開前から大きな注目を集めています。

原作は、原田マハが2008年に発表した同名の小説。ギャンブルで得た多額の借金が原因で家族に見放された自由奔放な男が、映画の評論を書くことを通じて新たな人生を歩もうとし始める──という人間ドラマです。今回はそんな『キネマの神様』の原作小説の魅力を、あらすじの紹介を交えつつ解説します。


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【『キネマの神様』の魅力その1】一癖も二癖もある、“映画オタク”のキャラクターたち

本作の主人公は、社内で根も葉もない噂を立てられ、熱心に進めていたシネマコンプレックスの開発プロジェクトを完遂できずに会社を辞めることとなった39歳の女性・円山まるやま歩。歩の父・郷直さとなおは根っからのギャンブル好きで、歩ら家族の長年の悩みのタネでしたが、心筋梗塞で短期の入院をしたことをきっかけに、実は300万円もの借金があったことが判明します。

それまではどうにか母と歩で帳尻を合わせてきたものの、自分が退職したこともあり、このままでは家族全員が不幸になってしまうと考えた歩。彼女は郷直に年金を没収することを言い渡し、一切のギャンブルを断つよう勧告します。肩を落とし絶望する郷直に歩は、「代わりに映画を見ればいい」と言います。郷直はギャンブル狂であると同時に、多いときには日に5本もの映画を見る、“映画オタク”だったのです。

歩にパソコンの使い方を教えられた郷直は、『映友』という歴史ある映画雑誌を発行している出版社・映友社のサイト宛てに、歩が日記代わりに書いた映画評を転載した文章を、無断で送りつけます。憤慨する歩でしたが、その文章が『映友』編集長の目に留まり、歩は『映友』の編集部で働かないかとスカウトされます。そしてなんと、歩ばかりでなく郷直までもその文才を買われ、今後、『映友』の公式ブログで映画コラムを書いてほしいと依頼を受けるのでした。

郷直の書く熱のこもったブログは注目を集めるようになり、長年、マニアにしか読まれていなかった雑誌『映友』の人気も回復。赤字が続いていた編集部にも、徐々に光が差し始めます。あるとき、そんな郷直の映画評に対し、挑発的でありながらも的を射たコメントを投稿する“ローズ・バッド”なる人物が現れます。ローズ・バッドはそれ以降、郷直のブログに応答するように自身の映画評をコメントするようになり、郷直とローズ・バッドの丁々発止のやりとりがさらなる人気を呼んでいくのでした。

本作の第1の魅力はやはり、郷直やローズ・バッド、そして『映友』編集部の面々など、生粋の映画オタクのキャラクターたちです。『ニュー・シネマ・パラダイス』を心から愛する郷直のほか、シニカルでユーモアのある映画評を展開する正体不明のローズ・バッド、アニメ映画を偏愛する編集部の新村、映画のバイヤーとして世界を飛び回っていた経験を持つカリスマ編集長の高峰……など、それぞれの美学で映画を愛する、どこか癖の強い人々ばかりが登場します。

【『キネマの神様』の魅力その2】映画ファンにはたまらない、“小ネタ”や映画評の数々

本作の第2の魅力は、郷直や歩、『映友』編集部のあいだでたびたび交わされる、映画にまつわる小ネタやトリビア満載の会話の数々です。たとえば、入院している郷直がそりの合わない女性看護師のことを指して

「ちぇっ、いばってやがる。あの人見てると『カッコーの巣の上で』のラチェッド婦長を思い出すんだよなあ」

と評したり、歩が編集部で新村にぶつかって鼻血を出してしまい、

「あんたは『サスペリア』のジェシカ・ハーバーあたりがヒロインでしょ」

と冗談を言われたりする(※『サスペリア』はポスターでヒロインが鼻血を流している)など、映画好きであればあるほど思わずニヤリとしてしまうような会話がテンポよく繰り広げられます。

また、中盤以降の郷直とローズ・バッドとのあいだで続いていく映画の批評合戦では、郷直の人間味のあるあたたかい映画評と、歴史・文化的な観点から作品を読み解こうとするローズ・バッドの映画評、双方を楽しむことができます。たとえば、『フィールド・オブ・ドリームス』についてふたりが議論するシーンでは、

本作は野球賛歌の映画である以上に、家族愛の物語なのです。野球選手になりそこねた父に、少年レイは夢を託されるも、やがて野球をあきらめる。その後父と息子は次第に距離を置き、そのうちに父は他界してしまう。レイは父と十分に交流できなかったことを、心の奥底でずっと悔やんでいるのです。少年の頃、なにげなく父としていたキャッチボールは、父を失ってしまったあとには、もう永遠にかなうことのない夢になってしまったのです。(中略)小生はこの「父と子のキャッチボール」をラストに持ってきたところに、脚本兼監督のフィル・ロビンソンの、実にアメリカ人らしい、映画と野球と人生に対する深い愛情を感じます。

と郷直が述べれば、ローズ・バッドが

君はこの映画が「家族愛の物語」だと書いていたが、そんなに単純なものであれば、我々はもっと気楽にこの映画を堪能することができただろう。アメリカにおける父性の問題は、しばしば製作者の大いなるコンプレックスとしてスクリーンに現れることがある。スティーブン・スピルバーグにとっても、長いあいだ関心を寄せるテーマのひとつだった。(中略)
いかにも、「フィールド・オブ・ドリームス」は「父と息子の和解」の物語だ。しかし、そう結論する以前に、私はこの作品に、我々アメリカ人の現実的な夢へ向かう一途さと、過去に対する多くの痛みを見る。

と返すなど、ふたりの評はまったく違った観点から書かれたものでありながら、どちらもユニークで冴え渡っています。

【『キネマの神様』の魅力その3】原田マハがずっと書きたかった、「私小説」的作品

『キネマの神様』は2008年に発表された作品。著者の原田マハは、本作が会社員を辞めてフリーランスになって以来、ずっと「いつか書きたいと思っていた」作品であることを明かしています。

心の中で「いつかこのことを書く」と決めていた。「このこと」というのは、自分が当時抱えていた家族の問題、そして会社を理由あって辞職したこと。
──原田マハ『本の話』「父の人生に願いをこめて」より

原田は、自らの父親がかつて大変なギャンブル好きで、家族がその借金によって大いに苦労させられていたこと、そして大の映画マニアでもあったことを同じコラムのなかで綴っています。“家族の問題”はまさに原田自身が体験してきた問題であり、本作の1/3程度はほぼ私小説である、と原田は言います。

この小説を書き終わってから、父と映画館へ出かけた。父は頼みもしないのに、熱心に解説をしてくれた。小説に出てくるような奇跡は、もちろん私たち家族には訪れなかった。けれどこうして、父が元気でいてくれて、一緒に肩を並べて映画を観られることこそが、キネマの神様が与えてくれた奇跡なんじゃないか、と思う。

同時に原田は、斜陽になりつつある映画産業を現在も支えているのは、郷直のように熱量の高い映画批評を書くアマチュアや映画ブロガー、足繁く劇場に通い詰める映画ファンといった名もなき人々である、というメッセージを本作に込めたと語っています。映画に限らず、本や演劇、美術といったカルチャーをコツコツと長く愛し続けてきた人にとっては、本作に登場する人物たちの映画への愛は深く共感できるものであるはずです。

おわりに

本作の映画化に際しては、監督の山田洋次による大きなアレンジが施され、“映画愛好家”たちの物語というより、“映画人たちの人生”にスポットを当てた作品になったと原田は語っています。映画版は、原作とは異なる山田監督作品として味わうのがよいかもしれません。

『キネマの神様』は生粋の映画好きの方にとっては間違いなく楽しめる1冊ですが、名作映画の数々の魅力的な紹介が含まれているため、本作をきっかけに見たい映画を探すという読み方もとてもおすすめです。歩や郷直たちによる愛に溢れた映画評を味わいつつ、本作を堪能してみてください。

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