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【栗本薫】人気シリーズ『ぼくらの時代』、幻の第2作「ぼくらの事情」を発見!

江戸川乱歩賞受賞決定の翌日に書き始められた第2作は、大学に入学して間もない「ぼくら」が遭遇した、学生運動活動家の内ゲバ殺人事件だった!

2009年に世を去った栗本薫が、自身と同名の探偵の活躍を描いた『ぼくらの時代』とそれに続く「ぼくら」シリーズは彼女の代表作の一つ。このたび栗本が第2弾として書きながら未発表となっていた「ぼくらの事情」の自筆原稿が発見され、『栗本薫・中島梓 傑作電子全集』の第3巻【ぼくらの時代】(2018年2月9日配信)に収録されて初めて世に出ることとなりました。同電子全集の監修者の一人である「薫の会」の八巻大樹氏に、「ぼくらの時代」シリーズと「ぼくらの事情」について解説していただきました。

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江戸川乱歩賞授賞式における両親と栗本薫(右端)

「私自身の大学の話というのがずいぶん入ります」と語っていた栗本薫

栗本薫が長編ミステリー『ぼくらの時代』で第24回江戸川乱歩賞を受賞し、小説家として華々しくデビューしたのは、1978年のことであった。その受賞が当時の最年少記録となる若干26歳でのことであったこと、また前年には中島梓名義の評論「文学の輪郭」で第20回群像新人文学賞評論部門を受賞していたこともあり、『ぼくらの時代』はまたたく間に巷間の話題を集めることとなった。

むろん、話題になったのは「新進気鋭の女流作家」としての栗本薫/中島梓の鮮烈な登場だけではない。『ぼくらの時代』という作品そのものも、ミステリー界をはじめとする各所から非常に高い評価を集めた。

その選評には「語り手にも登場人物にも若い世代のみずみずしい新鮮な感覚があふれていて楽しめた」(権田萬治)、「私が感動したのは、この世代の作家が、ついに自分たちのことばで、自分たちの小説をかきはじめた、という事実であった」(陳舜臣)、「ユーモラスな中に若い世代の悲しみや怒りも感じさせる、なんといっても若い人でなければ出せないみずみずしさが印象的だった」(仁木悦子)と、まさにその時代の若者ならではの生き生きとした視点を絶賛する言葉が並び、『文学の輪郭』と同時発売となった単行本はたちまちベストセラーとなった。さらに年末には「週刊文春ミステリーベスト10」で第1位に選出されたのだから、この作品が当時どれほどのセンセーションを巻き起こしたかは、これらの事実からだけでも窺い知ることができるだろう。

また『ぼくらの時代』では、作者と同じ名前を持つ主人公を探偵役として配した趣向も注目された。かのエラリー・クイーンをはじめ、そのような趣向は決して珍しいことではないが、栗本薫のように作者と主人公の性別が異なるという例はほとんどみられない。栗本もこの趣向を大いに楽しんでいた節があり、シリーズの進行に伴って主人公にさまざまな女性との恋愛を経験させつつ、自らと同じような経歴を歩ませている。

例えば、第二作『ぼくらの気持』には、栗本薫が小説家としてデビューする前に時評を連載していた『幻影城』をモデルにした探偵小説誌『ブラックホール』が登場する。さらに第三作『ぼくらの世界』では、主人公が『ぼくらの時代』というミステリーで《シャーロック・ホームズ賞》を受賞し、そして栗本が生み出したもうひとりの名探偵である伊集院大介も登場する『猫目石』では、テレビのクイズ番組にもレギュラー出演している人気作家になっている、という具合だ。

このように『ぼくらの時代』とは、作者の分身ともいうべき主人公が活躍し、自らを人気作家の地位へと押し上げたデビュー作なのである。そうであるからには、栗本自身にとってもさぞかし思い入れの強い作品であろう、と思われても不思議ではない。だが併録の自評からも判るように、実は作者自身の本作品に対する思いは意外なほどに冷めているのだ。

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第24回江戸川乱歩賞授賞式で挨拶をする栗本薫

その理由は、『ぼくらの時代』を栗本が執筆した動機にある。座談会「私の小説修行」(『婦人公論』1978年11月増刊号)の中で彼女は「あれははじめから賞をもらおうと思って、こうやれば受けるだろうと思って書いて、計算どうりいったから、ザマアミロという感じだったわけ」と語っている。

すなわち『ぼくらの時代』とは彼女にとって、物語に対する内的欲求を満たすための作品というよりも、江戸川乱歩賞を受賞し、小説家として世に出るための手段としての要素が強い作品なのである。自評では、本作品について「愛い奴じゃ」と目を細めながらも、「軽すぎる。計算づくでありすぎる。明るすぎる」と厳しい言葉を並べているが、その理由はまさにここにある。

そして、その「計算」がいかに思惑通りに進んだかを示すのが、併録の評論「ぼくらの時代の開幕 1977年の探偵小説」である。タイトルだけをみれば、『ぼくらの時代』の受賞を受けて執筆された評論であるかのようだが、実はそうではない。この評論が発表されたのは、『ぼくらの時代』の受賞よりも半年も前のことなのだ。

この、あたかも自らの受賞を予言していたかのような評論を読めば、『ぼくらの時代』が執筆された当時のミステリー界の動向について、栗本がどのように分析していたかが判る。そしてそれを踏まえた上で、先に紹介した『ぼくらの時代』の選評をお読みいただきたい。そうすれば、栗本が自身の分析に基づいて何をどのように計算したか、そしてその計算がいかに見事に図に当たったか、ということがお判りいただけるだろう。

そのような思惑など微塵も感じさせることなく、見事な青春ミステリーの傑作を生み出してみせた彼女の才能には舌を巻くばかりだが、これもまた小説家としても、評論家としても高い資質に恵まれた作者ならではの業であるといえよう。

またこの第三巻には、このたび新たに発見された遺稿『ぼくらの事情』も収録されている。原稿に記された日付によれば、この作品の執筆が始まったのは1978年6月30日だが、これは江戸川乱歩賞の受賞が栗本に伝えられた翌日にあたる。すなわち、もともと《ぼくら》シリーズの第二作として企図されていたのは『ぼくらの気持』ではなく、この大学闘争を題材としたとみられる『ぼくらの事情』であったということだ。

江戸川乱歩賞受賞の直後に行われた座談会「新人作家大いに語る」(『幻影城』1978年9月号、10月号)で栗本は、次作品について「私小説になるというか私自身の大学の話というのがずいぶん入りますので、それはちょっと力を入れてみたいと思います。」と語っており、すでに執筆を開始していた『ぼくらの事情』に対してかなりの意気込みを持って臨んでいたことが窺える。

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栗本の自宅から発見された、自筆原稿や創作ノートが収められた段ボール箱のひとつ

残念ながら、この《幻の第二作》が完成することはなく、それがどのような物語になるはずであったのかについては想像するしかないが、それでもいま、こうして薫と信、泰彦の三人がいかにして出会ったのか、というエピソードを垣間見ることができるのは望外の収穫である。なお余談ではあるが、この大学闘争というモチーフそのものは、後に短編「伊集院大介の青春」(本全集第一巻『伊集院大介Ⅰ』に収録)として結実している。

八巻大樹

Daiju Yamaki
1965年生まれ。14歳で『豹頭の仮面』に出会い、その物語世界に魅了されて以来、栗本薫/中島梓ファン歴は40年近くに及ぶ。著作に『グイン・サーガの鉄人』(早川書房、共著)、「現実の軛、夢への飛翔 栗本薫/中島梓論序説」(早川書房『グイン・サーガ・ワールド』誌に連載)など。

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