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これを読めば手紙の名手になれる! 往復書簡からなる書簡体小説5選

往復書簡のみから構成される書簡体小説というジャンルがあるのをご存知ですか? 他人の手紙のやりとりをこっそり垣間見るような楽しさが味わえ、なおかつ、手紙を書くうえでお手本となるような書簡体小説5選を紹介します。

往復書簡からなる書簡体小説5選 アイキャッチ

 

手紙に自分本位の言葉ばかり連ねていませんか?――三島由紀夫『三島由紀夫レター教室』

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 『三島由紀夫レター教室』――このタイトルから、昭和の文豪・三島由紀夫が教える手紙の書き方のようなマナー本だと思って手に取ると、意表をつかれることになるでしょう。実はこの本、実用書に見せかけた小説なのです。三島の小説といえば、『金閣寺』や『仮面の告白』など、哲学的、高尚というイメージがありますが、本書は一転して、異色の遊び心満載の小説となっています。

 登場人物である、とあるイケメン人気作家のもとには、若い女性から毎日のように、こんなファンレターが届きます。

前略。私は○県N市のOLで、美人の誉れ高く、三十歳の今まで独身でいるなんて、だれも信じてはくれず、見合いも十五、六人といたしましたが、いつもこちらからお断りする状態で、あなたが完璧すぎるからなんだわ、などと、からかわれてしまいます。先生、結婚についてどう思われますか。先生の結婚観をきかせてください。できるだけ長く……

 この手紙に対し、男性作家は意地悪にもこんなことを考えます。誰も君の恋バナに興味はない。こんな手紙を見ず知らずの相手にいきなり送り付ける女性に美人はいない。見合いを自分から断ったというのは真っ赤な嘘で、どうせ全部相手から断られたんだろう——。そして、以下のような返事をしたためます。

こんな手紙を、未知の女性からもらう男の迷惑を想像してごらんなさい。手紙を書くときには、相手はまったくこちらに関心がない、という前提で書きはじめなければいけません。これがいちばん大切なところです。「相手はきっと私に関心を持つだろう」と独り合点をしているのかもしれませんが、それは法外な自惚れというべきです。世の中の人間は、他人に深い関心を持ちえない、持ち得るとすれば自分の利害にからんだ時だけだ、とわかったときに、はじめてあなたは、人の心をゆすぶる手紙が書けるようになるのです。

……というような内容を、さすがの男性作家もファンの女性に書き送れるはずがなく、この手紙はポストに投函されずじまいになるのですが、男性作家がこの種のファンレターに辟易しているのは確かです。 
 では、どのような手紙を書けば、相手から確実に返事をもらえるのでしょうか。
それはまず、文章の主語を「私は」ではなく、「あなたは」にすることです。作家へのファンレターなら、作品の感想を書くのはもちろんのこと、ただ単に賞賛するのではなく、今まで誰も指摘しなかったような、その作家自身も気づかなかったような新たな指摘をすれば、返事をもらうチャンスは増えるのではないでしょうか。
 本書では他にも、「結婚申し込みの手紙」、「借金の申し込みの手紙」、「招待を断わる手紙」、「病人へのお見舞状」、「男女の仲なおりの手紙」、「愛を裏切った男への脅迫状」、「(未婚女性が交際中の男性に)妊娠を知らせる手紙」、「真相をあばく探偵の手紙」など、様々なシチュエーションにおける文例がのべ30通以上挙げられており、読者はこれらをお手本にも反面教師にすることもできるような体裁を取っています。
 ところで、実際の三島由紀夫も、ファンからの手紙に返事を書くことはめったにしない人物だったようです。その彼が、例外的に返事を書かずにはいられなかった相手が、当時駆け出しの作家であった瀬戸内寂静。瀬戸内の手紙が、それだけ、自分のことより相手のことに思いを馳せる文面だったという証でしょう。

 

「愛」という字を1字も使わずに書いたラブレター――小川洋子・堀江敏幸『あとは切手を、一枚貼るだけ』

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 かつて夫婦だったのに、今は別々に暮らす「私」と「ぼく」。2人を隔てることになった取り返しのつかない出来事とは何か、2人の手紙のやりとりを読み進めるうち、その過去がひも解かれてゆくという体裁を取っています。全14通の手紙のうち、元妻による7通を小川洋子が、元夫による7通を堀江敏幸が担当。両氏とも芥川賞作家にして、現在芥川賞選考委員という、純文学ファンには垂涎の贅沢な共著です。また、ストーリー展開など、事前の打ち合わせはほとんどなしに書き進められたというのですから、正真正銘の書簡体小説ともいえそうです。
 
 ある日、元妻から元夫へ、このような手紙が届きます。

なぜあの日、私たちは姪っ子さんを連れて海に行ったのか。あまり乗り気ではなかった彼女を、海へ誘ったのは私です。一つ大きな波が来て、視線を戻した瞬間、目に入ったのは赤いキャップだけでした。あなたに黙って残酷な決断をした日、もう必要なくなった産着を全部ほどいて捨てました。姪っ子さんのことについては一切私を責めなかったあなたでしたが、産着のことは結局、最後まで許してもらえませんでした。もちろん今も、許してもらえるとは、思っていません。私にはどうしても分からなかったです。姪っ子さんを失った同じ腕で、どうやって自分の赤ん坊を抱いたらいいのか。

 これに対して、元夫が書き送った返事は以下のようなものでした。

振り返る、思い出すという行為は、いつも手遅れの状態を前提になされるものです。誤解がないように言っておきます。姪っ子についても、産着にくるまれるはずだった子についても、(ゆる)す赦さないという表現は適切ではありません。あの海での事故が、きみの無意識の導きだったなどとも考えていません。あっさりその場を離れたぼくにも大きな責任があります。ぼくたちの暮らしに必要なのは他者への想像力だと、何度も確認しあいましたね。生まれなかった子どもの顔、世に出ることを拒まれた子どもの、未来の顔を描く際にも必要な力でしょう

 夫の姪を海の事故で死なせた新婚の夫婦、そのことで呵責の念に苛まれ、お腹の子を堕胎した妻。けれど、2人は手紙において、自分たちのことばかり語ってその悲しみに耽溺することなく、自分たちよりももっと可哀そうな「他者」への「想像力」を働かせることで、自分たちに起きた不幸を乗り越えようとします。
 例えば、2人の中では、『アンネの日記』のアンネ・フランクが、隠れ家に匿われている間、自分の書いた手紙がどこへも届けられることのないことを知り、空想上の返事を自分宛てにつづっていたということや、パブロフの犬が、条件反射の実験のため、頬に穴を貫通させられ、そこから唾液を抽出する被験体にされたのち、頬の穴を縫ってもらえたのかどうかについて、などです。
 全14通の手紙中、「今でも好きだ」とか「ずっと愛していた」といった、分かりやすい愛の言葉は1度も出て来ません。それでも2人の「愛」が行間からにじみ出てくるところに、日本の純文学の極北にいる両作家の筆力を感じることができるでしょう。本書は、「愛」という字を1字も使わずに書いた、大人のためのラブレター集です。

 

梨のつぶての相手から確実に返事をもらう方法とは?――宮本輝『錦繍』

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 日本の純文学シーンを長年牽引してきた宮本輝の代表作といえば、『錦繍』を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。女優・石田ゆり子は、エッセイ『Lily――日々のカケラ――』のなかで愛読書として本書を挙げています。

 本作のヒロインは、星島建設の一人娘としてわがままに育った星島亜紀。両親を早くに亡くした靖明は、亜紀の父に見込まれ星島家に婿入りしますが、新婚早々、クラブのホステスと無理心中事件を起こしてしまいます。靖明は一命をとりとめたものの、真相はうやむやのまま、2人は離婚。10数年後、偶然再会したのを機に、亜紀は共通の知人から無理やり靖明の現住所を聞きだし、手紙を書きつけます。

私には知る権利があるのです。なぜあなたがホステスと心中しなければならなかったのか。あのホステスは単なる行きずりの関係だったのか、それとも旧知の仲だったのか、すべて私に教えてください。必ず返事をくださいね。

 これに対し、前夫・靖明からの手紙は大変つれないものでした。

もう昔のことで、今や私たちは何の関係もありません。こういう手紙を頂くこと自体、迷惑です。これを最後に、二度と手紙はご容赦ください

 しかし、執念深い亜紀は、これでは納得できず、懲りずに再び手紙を書くのです。

事件が起こってから、私は取り乱しながらも、それまで一度も、あなたと別れるとは考えもしていなかったのでした。ただ、助かってほしい、死なないでほしい、そればかり念じつづけて、それ以外のことは考える余裕がなかったのです。あす退院という日、意外にもあなたの方から離婚の申し出がありました。「もうあの家にも星島建設にも戻れんよ。俺もそこまであつかましい人間と違う」。あなたはそう言って笑うと、頭をぺこんと下げて、初めて私に謝りました。

 すると、今度は以下のような返事が届きました。

ホステスは私の中学の幼馴染でした。泥酔していた隙に脇腹を刺されるという、いわば無理心中で、気づいたときには病院のベッドで仰向けになっていました。病室で、あなたのお父さん、星島照孝氏から、離婚を匂わせる話がありました。それはあの方には珍しいほどに遠回しに、しかも執拗でした。私は、もし、あなたさえ許してくれるのならば、もう一度夫婦としてやり直させてくれとお父さんに頭を下げたことでしょう。しかし、自分は変わらねばならぬ、いままでとは違った生き方をしなければならぬという考え方が、私を動かしました。退院の日が決まった夜、私はあなたとの離婚を決めました。

 最初の手紙ではよそよそしい返事しかもらえなかったのに、2度目の手紙では、相手の本心を引き出すことに成功した亜紀。この2通を見比べれば、そこに手紙を上手に書く秘訣を見出せるはずです。それは「北風と太陽」ともいえるべき教訓で、相手を責め、問い質す言葉ばかり並べれば、相手はさらに心を閉ざすばかりですが、相手に心を開いてほしければ、まずは自身が自己開示して、素直な気持ちを吐露すれば、相手もまた応えてくれるという法則です。
再び文通をすることになった元夫婦。気持ちの行き違いにより別れざるを得なかったというのは、悲恋小説の王道です。今は別の男性と再婚し、障害児を生んで子育てに奮闘している亜紀。様々な事業に失敗して借金取りに追われながらも、しっかり者の彼女と生活を一から立て直そうしている靖明。次第に明かされてゆく相手の本心を知ったとき、2人は復縁することになるのでしょうか、それとも、別々の人生を選ぶのでしょうか。結末は本作で確かめてください。

 

手紙を書くとき、自分の文章に酔っていませんか?――森見登美彦『恋文の技術』

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 『恋文の技術』というタイトルから、実用書かと思って読み始めたら、実は小説だった――。作者はそこを狙っているのかもしれません。趣向としては、前記の『三島由紀夫レター教室』に似ており、登場人物らの綴る様々な手紙の文例を挙げ、読者に、「他人の(ふみ)見て、我が(ふみ)直せ」とでもいうような、軽妙ユーモア小説になっています。
 作者の森見登美彦は、『夜行』『熱帯』などの著書が、近年たびたび直木賞にノミネートされる、いま注目の人気作家です。

 本作の主人公は、モテない大学院生・守田一郎。守田は大学時代のゼミ仲間・伊吹夏子に長年片思いをしています。守田は、今は互いに遠く離れており、会う機会さえない夏子の心を恋文で揺さぶろうと、何パターンかの草案を考えました。
守田が凝りに凝って考えたのが以下の5つ文例です。このうち一体どれを送れば、夏子の心を動かすことが出来るでしょうか?

【文例①】格調高い文語路線

一年前の春、鴨川レースに参加させられし折、やさしく白き手をのべて、我にぬくぬくのタオルを与えしは君なり。あのとき、君に惚れ始め、ずっと惚れており候。今も君の暮らす方角を見て暮らしおり候。小生の気持ちを受け入れていただければ幸甚に候。

【文例②】インテリ理系路線

私の貴女への思いは、指数関数的に増加し、きわめて限定された時空においては、ユークリッド幾何学の平行線公準が成り立たず、二本の平行線は必ず交わり、男女は必ず結ばれる。

【文例③】親しみやすい軽口路線

次の文章を読んでみてください。きすがみきはくぼ。万一わかんないっていう場合は、さかさに読んでみると案外いいかもしれない。きゃ! もしかして、伊吹さんのほうでも「いいかも」とか、思ってくださると、ウレシイなあ。

【文例④】相手を賛美しまくる路線

貴女の眉は、繊細かつ華麗、頬はなめらかで色白だけど冷たそうではなく、西洋料理店の温められた陶器の印象。美術館で絵を眺めるとき、微かにフーッと息を吐く、そのうっとりした仕草にこちらがうっとりする。

【文例⑤】数値に基づくデータ路線

ひとつ、私に賭けてみませんか? 私と知り合った人間のうち、なんと95%が「守田一郎は将来ビッグになる」と回答しています。万事私にまかせていただければ、三十代で年収は三千万円を超し、超巨大なプール付きの邸宅に住み、バカンスのたびにリゾート地に出かけ、お肌ツヤツヤ悠々自適の日々を送れるでしょう。

文例①から⑤のうち、どれを送っても、おそらく夏子はドン引きすることでしょう。夜中に書いた手紙はあとで読み返すと気恥ずかしいものだとは、よく言われますが、守田の手紙はさながらそれのよう。そして一番の問題は、守田本人が、自分のイタさに気づいていないこと。守田が真剣に手紙を推敲すればするほど滑稽味が増していく様が、この小説の読みどころです。守田は悩んだ末、森見登美彦なる作家に上手な恋文の書き方指南を乞います。森見とはもちろん、本書の作者自身のことであり、こうした趣向にもユーモアを感じさせるわけですが、森見のアドバイスは以下のようなものでした。

上手な恋文の書き方。それは恋文を書こうとしないことです

 森見の教えは、恋文に変に凝った言い回し不必要で、ストレートに、相手が好きだという気持ちを書けばよい、ということになるでしょう。最後に守田がどんな恋文を完成させるか、夏子と心を通い合わせるのか、本作で確かめてください。

 

命がけの秘密の手紙を交わした少女たちがいた――三浦しをん『ののはな通信』

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https://www.amazon.co.jp/dp/404101980X

 『まほろ駅前ただ便利軒』『舟を編む』などの作品で知られる三浦しをんは、男女の恋愛至上主義的価値観よりもむしろ、同性間での連帯を描くことに定評のある直木賞作家です。本作は、女子高の同級生だった2人の女性の往復書簡集ということで、一見、女同士の友情をテーマにしているようですが、2018年、第25回島清恋愛文学賞を受賞しました。なぜ「恋愛文学賞」を受賞したのか、2人の手紙を読んでみましょう。

 昭和の終わり、横浜のミッション系名門女子高で、密やかにこんな手紙をやりとりする女子高生がいたことを誰が想像できるでしょうか。

こんなになんでも話しあえて、感覚を共有できる友だちに、はじめて出会った。

「友だち」。なんて残酷な言葉だろう! 遭ひみての 後の心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり(注・『拾遺集』に収められた権中納言敦忠の和歌。「愛しい人と遭った後の気持ちに比べれば、かつては何も思わずにいられたことだなぁ」の意)

書きたいのはね、キスのことよ。びっくりしたけど全然いやじゃなかった。ところで、女の子同士ってどうするの? もうずっとそのことで頭がいっぱいなの

あなたったら、もう! 方法はまあ、いろいろあるわよ。お互いの気持ちと体のおもむくままでいいんじゃない? この手紙は飲みこむか、トイレに流すこと!

 手紙の主は、野々原茜(のの)と、牧田はな。良家の子女が集う女子高では、異性と交際することすらタブー視されがちでした。いわんや同性愛をや、LGBTへの理解が乏しい時代に、女性同士の秘密の愛を貫くことは命がけの行為でした。学校では「友だち」のフリをしつつ、2人は手紙のなかだけでは「恋人」になることが許されたのです。一度は結ばれた2人でしたが、「はな」が外交官と見合い結婚するという「裏切り」をしたことで、蜜月は終了します。「はな」は、かつての「のの」との関係は、男子と接触がなかった女子高時代の一過性のものだったと自分を無理やり納得させます。しかし、「のの」は違いました。

男は女を、女は男を愛さなければいけないというのは、単なる「常識」よ。「常識」は時代とともに変わるけれど、「常識」と「良識」は違うわ。私は自分のなかの「良識」に基づいて、「常識」に従うか決めるつもり

「常識」に従って幸福な結婚生活を送る「はな」と、「良識」に基づいて独身を貫いた「のの」。20数年後の同窓会で、「はな」が情勢の不安定なアフリカで大使館夫人をしていると知った「のの」は、「はな」に会いに行こうと、友人から聞き出したアドレスにメールを送ります。そのメールに心を動かされた「はな」は、夫と離婚することを決意するのですが、2人は再び結ばれる日が来るのでしょうか、本作で確かめて下さい。本書は、まるで女子の交換日記をのぞき見するようなスリル満点の書簡体小説です。

 

おわりに

「文は人なり」という言葉があります。これまで紹介した5つの書簡体小説をみても、手紙の文面には、良くも悪くもそれを書いた登場人物の人となりが自然と滲み出てくることが分かります。それらは、よい手本にも反面教師にもなり得るものですが、最後に上手な手紙を書くコツをまとめてみましょう。

 ① 主語は、「わたし」ではなく、「あなた」にしましょう。
 ② 他者への想像力を働かせ、悲劇のヒーロー・ヒロイン気取りはやめましょう。
 ③ 相手の本心を引き出したいのなら、まずはあなたが素直に自己開示しましょう。
 ④ 「ここは上手く書けた!」とあなたがウットリする小洒落た言い回しは、他者から見ればスベッているものです。上手に書いてやろうと、気負わないことが肝心でしょう。
 ⑤ 面と向かっては照れくさくて言えないことも、手紙なら真面目に書けることがあるものです。普段の会話では伝えられないことを思い切って書くのもよいでしょう。

 
  これらを参考に、あなたも大切な人へ手紙を書いてみてはいかがでしょうか。

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