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【『不思議の国のアリス』の生みの親】ルイス・キャロル作品の魅力

『不思議の国のアリス』や『鏡の国のアリス』といった「アリス」シリーズの作者として広く知られる小説家、ルイス・キャロル。彼が写真家や数学者としての顔も持っていたことは、あまり知られていません。ルイス・キャロルの生涯をたどりつつ、その作品の魅力を紹介します。

イギリスの幻想童話作家、ルイス・キャロル。1832年に生まれたキャロルは、2022年1月に生誕190周年を迎えます。

彼は『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』といった「アリス」シリーズで支持され、世界中に読者を持つ作家ですが、実は写真家・数学者・論理学者・牧師といった多面的な顔も持っていたことはあまり知られていないのではないでしょうか。

今回は、ルイス・キャロルがどのような人物だったのかを解き明かしつつ、その代表作を紹介しながら、キャロル作品の魅力を解説します。

ルイス・キャロルとは? ──少女写真家、発明家としての顔も持つ天才作家

まずは、ルイス・キャロルがどのような人物だったのかをご紹介しましょう。

ルイス・キャロル(本名:チャールズ・ドッドソン)は1832年1月27日、イギリス・チェシャー州のダーズベリという田舎町で、英国国教会の牧師をしていた父と母のもとに生まれました。キャロルは11人きょうだいの長男で、大勢いた弟や妹たちを喜ばせるために、小さい頃からパロディを中心とした文章をよく書いていたと言います。

成績優秀だったキャロルは、1850年にオックスフォード大学に進学。オックスフォード大学の学寮クライスト・チャーチに籍を置き、1855年には数学講師の職を得ます。彼は1881年末に退職するまで、30年近くオックスフォードでの仕事を続けました。

キャロルは、大学勤務と並行してさまざまな活動をおこなっていました。1856年頃には叔父の影響で写真技術に関心を持ち、アマチュアながらも宮廷写真家として上流階級の人々の撮影をするようになります。キャロルは少女を撮るのが好きだったようで、モデルとして特に気に入っていたのが、クライスト・チャーチの学寮長・ヘンリーの娘であったアリス・リデルでした。

絵本作家としてのキャリアを歩み始めたのは、1860年代のこと。アリス・リデルとその姉妹たちと親しく交流していたキャロルは、ある日、姉妹たちとともにアイシス川へピクニックに向かっていました。その道中でアリスたちに語って聞かせたオリジナルのストーリーこそが、『アリス』の物語の原型となったのです。そのユニークなストーリーを気に入ったアリスに「文字に起こしてほしい」とせがまれたのがきっかけで、キャロルは挿絵つきの手書きの小説をアリスにプレゼントすることになります。のちにその物語を出版社に持ち込んだところ高評価を受け、1865年にはこの作品が『不思議の国のアリス』として出版されました。

『不思議の国のアリス』は瞬く間に商業的な成功を収め、1871年には『アリス』シリーズの続編となる『鏡の国のアリス』を、1876年にはナンセンスな言葉遊びが光る詩作品『スナーク狩り』を発表します。キャロルは1898年に65歳でこの世を去りましたが、執筆活動は死の数年前まで精力的に続けていました。

では、ここからはキャロルの代表的な作品を紹介するとともに、その読みどころと魅力を解説していきましょう。

『不思議の国のアリス』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4042118038/

『不思議の国のアリス』は、児童小説として時代を越えた人気を誇り続ける、ルイス・キャロル最大の代表作です。

前述した少女アリス・リデルがモデルとなっている本書は、主人公・アリスが土手で姉の読書に付き合っている最中に不思議なウサギを見つけ、そのウサギを追いかけて穴に落ちてしまうところから始まります。

ウサギの穴は、しばらくのあいだトンネルのようにまっすぐ進んでいて、それから急にすとーんと下がっていました。あんまり急だったので、気をつけようと思う間もなく、気がついたときにはもう落っこちていました。──とても深い井戸みたいなところを、ひゅーんと下へ。

この冒頭部分だけでも、幼い頃に読み聞いたアリスの物語を思い出して懐かしくなる人が多いのではないでしょうか。その後、穴に落ちたアリスは「三月うさぎ」や「帽子屋」といった奇妙な動物や人間たちが生き生きと動き回る、不思議な国に迷い込んでしまいます。

物語のなかでアリスの姿は終始一貫して、おしゃべり好きで好奇心旺盛な、可愛らしい少女として描かれています。

これって終わりがないのかしら?「もう何キロぐらい落ちたかしら」とアリスは声に出して言ってみました。「地球の中心近くまで来てるはずだわ。それって、ええっと、六千三百キロだったはず──」(アリスはちょうど学校でそういったところを習ったところだったのです。まあ、だれも聞いているわけではなかったので、知識をひけらかすにはあまりよい機会ではありませんでしたが、おさらいをするのはよいことですよね。)「──そう、それくらいかな──でも、緯度経度で言うと、どうなるかしら?(緯度とか経度がなんなのか、アリスにはちっともわかっていませんでしたが、ちょっと偉そうな言葉だったので言ってみたかったのです。)」

この愛すべきキャラクターが魅力的なのはもちろんですが、『不思議の国のアリス』の最大の読みどころは、言葉遊びとナンセンスなジョークが散りばめられている点です。特に、

ネズミが、イヌにいわく、
「そいつはあまりに迷惑、陪審員も裁判官もいない裁判なんて、なんの意味もない。」

といった韻の踏み方は見事で、声に出して読んでも楽しむことができます。当時のイギリスでは、児童向け小説といえば教訓的なものが一般的でした。しかし、キャロルはそういった伝統を打ち壊すかのように、作中で多くの有名な詩や童謡を取り上げてはパロディ化し、ナンセンスなものに変えてしまったのです。こういった明るくもありながらシニカルな物語で子どもたちを楽しませ、児童文学の新地平を切り拓いたことも、キャロルの大きな功績のひとつです。

『鏡の国のアリス』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4042118046/

『鏡の国のアリス』は、『不思議の国のアリス』の続編として1871年に発表された児童小説です。

『不思議の国』での冒険から半年後にあたる11月のある日、子猫のキティとおしゃべりを楽しんでいた少女アリスは、いつの間にか暖炉の飾り棚に上り、そこにかけられていた大きな鏡をすり抜けてしまいます。鏡の向こうに待っていたのは、景色や文字、距離感の何もかもがこちらの世界と正反対の『鏡の国』でした。アリスはそこで、チェスの駒のひとつである赤のクイーンに出会います。そして、大きなチェス盤のように区切られたあたりの田園風景を見渡し、この世界のチェスのゲームに参加してみたい、と考えます。

「どこかでだれかが動いているはず──ほら、あそこ!」うれしくなってそう言うと、しゃべりながらも興奮して胸がどきどきしてきました。「ものすごく大きなチェスの試合をしているんだわ──世界じゅうにまたがって──もしこれが世界ならね。ああ、なんておもしろそうなんでしょ! わたし、どうしても仲間に入りたいな! 参加できるなら、歩兵ポーンになったってかまわない──もちろん、クイーンになれたら一番いいけど。」
そう言いながら、アリスはひどくはずかしそうに本物のクイーンをちらりと見やりましたが、相手はただ、にこやかにほほえんで、こうおっしゃるのでした。「それはたやすいことよ。お望みなら、白のクイーンのポーンにしてあげましょう。」

その言葉に従って、アリスは鏡の国のチェスに参加することになります。アリスがチェスの駒として、実際のチェス盤のように規則正しく区切られた鏡の世界を歩き回り、クイーンを目指す──というのが本作のストーリーです。

『不思議の国のアリス』でも見られたナンセンスなユーモアと言葉遊びはそのままに、『鏡の国のアリス』は、より知的で哲学的なストーリー構成を味わうことができます。

たとえば、アリスが第5章で出会う白のクイーンは、『鏡の国』の登場人物らしく、記憶を未来から過去に向かって進めることができるのです。そんな白のクイーンは、記憶が過去から未来に向かって動くアリスのことを“遅れている”と評し、この世界での物事の起こりかたは違うのだと言います。

「どのようなことを陛下は一番覚えていらっしゃるのですか?」(中略)
「ああ、さ来週に起こったことね。」クイーンはこともなげにお答えになりました。「たとえば、ここに」とクイーンは、指に大きなばんそうこうを貼りながら話し続けられました。「王様の使者がいます。罰として牢屋に入れられていて、裁判は今度の水曜まで始まりさえしない。そしてもちろん、罪を犯すのは一番あと。」
「罪を犯さなかったら?」とアリス。
「それなら、かえっていいじゃないの?」指のばんそうこうをリボンでしばりながら、クイーンがおっしゃいました。

ここでの白のクイーンの言葉は単なる屁理屈のようにも思える一方で、理由やきっかけありきでしか動くことができない現実世界のあり方をデフォルメし、皮肉っているようにも捉えられはしないでしょうか。このような示唆に満ちた会話やエピソードを楽しむことができるのも、本作の魅力です。

『スナーク狩り』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4087815579/

『スナーク狩り』は、キャロルが1876年に発表した作品。その姿を見た者は消えてしまうという言い伝えのある伝説の生き物“スナーク”を捕まえようとする探索隊の冒険を描いた、ナンセンス詩です。

全8章から成るこの物語には、船長ベルマン、靴磨き、帽子屋、銀行家、ブローカー、パン屋、ビーバーといった、個性的でどこか妖しい面々が登場します。ベルマンはスナーク探索隊の一行に、スナークの特徴をこう伝えます。

「順番に話そう まずは第一にその味
すかすかうつろだがパリッとしてる
胴周りが窮屈すぎる燕尾服っぽくて
鬼火の香りがしてる

「二つ目にとんでもないほど朝寝坊
諸君も同感するだろう
なんといっても午後五時のお茶の時間に朝ご飯
晩のご飯は次の日になる

「三つ目の特徴として冗談がまったくもってわからない
誰かがジョークを飛ばしたら
溜息ついて悲しそう
洒落を云ったら仏頂面だ

説明を聞いてもなお、実体がまったくと言っていいほどわからない“スナーク”。一行はスナークを見つけようと奮闘しますが、ある者は正気を失ったり、あるものは消失を遂げてしまったりと不可解なことばかりが起こります。

キャロルのなかでも特に謎に満ちた作品であるがゆえに、この詩から寓意や教訓を読み取ろうとする人は多いようです。しかしキャロル自身が、この詩の真意や隠された意味について多くを語ることはありませんでした。

原作では全編にわたって技巧的な韻文が用いられていますが、日本語版では、歌人の穂村弘によって長歌形式(五七五七七の形式)の翻訳がされています。リズミカルでナンセンスな言葉とともに、どこか不気味でおどろおどろしい詩の世界を味わえる異色の一作です。

おわりに

『アリス』シリーズに代表されるような奇妙でドラマティックな世界観はもちろんですが、その実験的・技巧的な作風もルイス・キャロル作品の大きな持ち味です。韻やアナグラムを多用した言葉遊びやパラドックスに触れるような会話の数々は、小説家だけでなく、数学者・論理学者といった複数の顔を持っていたキャロルならではのユニークさと言えるでしょう。

キャロル作品の多くは児童向けを想定して書かれているため、あまり難解な言葉は使われていません。キャロルの巧みな言葉使いを楽しみたい方は、日本語訳版に目を通した上で原文にも触れてみると、よりその世界を深く味わえるはずです。

(※参考文献……
・細井勉『ルイス・キャロル解読 不思議の国の数学ばなし』
・ステファニー・ラヴェット・ストッフル『「不思議の国のアリス」の誕生』)

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