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【映画化】時代小説『みをつくし料理帖』シリーズの魅力

高田郁による人気時代小説シリーズ、『みをつくし料理帖』が映画化され、10月16日から全国公開されます。主人公・澪の食へのひたむきな想いと、美味しそうな料理を楽しむことができる本シリーズの魅力をご紹介します。

小説家・高田かおるによる全10巻の大人気時代小説シリーズ、『みをつくし料理帖』。本作を原作とする映画が、松本穂香主演で10月16日から全国公開されます。監督を務めたのは、角川春樹。この作品は角川春樹の“最後の監督作品”となることが公表されており、話題を呼んでいます。

原作である同シリーズは、大阪出身の若き料理人・澪が、さまざまな困難に直面しつつも江戸での修行を経て徐々に一人前になっていき、料理を通じて人を幸せにするという物語です。今回は、本シリーズの登場人物やストーリー、実際に登場する料理などから、『みをつくし料理帖』の魅力を紐解きます。

【魅力その1】控えめだけれど芯の強い主人公・澪のキャラクター

『みをつくし料理帖』シリーズの主人公は、大阪出身の少女・

澪は享和2年の水害で両親を失い、天涯孤独の身となっていました。一人ぼっちになった澪を偶然助けてくれたのは、大阪でも名の知れた名店「天満一兆庵」の女将・よし。澪は天満一兆庵に奉公することとなり、一人前の料理人を目指して修行を始めます。

しかし、着実に腕を磨き、料理人として順調にステップアップしつつあった矢先に、天満一兆庵が隣家の火事の煽りを受けて全焼してしまいます。澪は芳と主人の嘉兵衛とともに、天満一兆庵の江戸店を任せているふたりの息子を頼って江戸に出てきます。ところが、頼みの綱であったはずの息子はなんと吉原通いで店を潰してしまい、行方をくらましている──というのです。

ここまでの展開でもお分かりのとおり、幼くして身寄りを失くし、奉公先の店まで失ってしまった澪は、ひと言で言えばとても苦労人。しかし澪は芳からも“緊迫感のない子”、“叱り甲斐のない子”と評されるほど穏やかでマイペースな性格で、多少の苦労は物ともしないような強さがあります。

芳とともに江戸で暮らし始めた澪は、「化け物稲荷」と近所で呼ばれ、近寄ると祟りが起きると信じられている荒れ果てた稲荷神社を、祟りの噂も気にせずにお参りするようになります。そんな澪の姿を見て、ほかの少女にはない芯の強さを見込んだのが江戸の蕎麦屋「つる家」の主人・種市。店で働かないかと種市に誘われた澪は、縁のない江戸の地で料理人として再スタートを切ることになるのです。

澪を偶然見た易者は、彼女のことを「雲外蒼天」の運命にあると占います。雲外蒼天とは、さまざまな艱難辛苦が訪れるものの、苦労に耐えて精進を重ねれば必ず真っ青な空を望むことができる──という相。澪はこの占いが象徴するとおり、東西の客の味の好みの違いや料理に使う素材の違いなどに苦戦し悩みつつも、周囲から少しずつ信頼を得て、「つる家」を江戸随一の名店としていくのです。

どんなときも自分の運命を呪わず、周囲からのいわれのない言葉にもめげず、よりよい料理をつくることに精進し続ける澪の姿は、誰でも思わず応援したくなる健気さ。心やさしく、自分の信念を決して曲げない澪というキャラクターは、本シリーズのいちばんの魅力です。

【魅力その2】「食」に対する澪の揺らがない信念

本作を象徴するキーワードでもあり、澪が迷いながらも自分の道を選ぶときに繰り返し思い出すのが、「食は、人の天なり」という言葉。

これは、澪に一途に想いを寄せる町医者・永田源斉が澪に説いた言葉で、吉田兼好の『徒然草』からの一節です。医師である源斉は、食べものが人にとって天の如く重要なものであり、食べることだけが人の身体を作る──ということをよく知っています。

澪は料理人として大成していくに従い、さまざまな選択を迫られます。やがて、江戸の名店である「一柳」の店主・柳吾に「うちに入り、ゆくゆくはこの店の看板を背負ってほしい。澪さんを後世に名を残す料理人として育てたい」と頼まれるほどになりますが、贅沢な料理ではなく、誰しも毎日口にできるようなささやかな料理を作り続けていきたいと考えていた澪は、その提案を断ります。

「口から摂るものだけが、ひとの身体を作ります。つまり、料理はひとの命を支える最も大切なものです。だからこそ、贅を尽くした特別なものではなく、食べるひとの心と身体を日々健やかに保ち得る料理を、私は作り続けていきたい。医師が患者に、母が子に、健やかであれと願う、そうした心を持って料理に向かいたいのです」
娘の言葉にじっと耳を傾けていた柳吾が、ぱっと双眸を見開いた。
「後世に名を残すことを望まないと?」
「望みません」
澪は静かに、しかしきっぱりと答える。
「残すならば、名前ではなく料理でありたい。私の考えた料理に、のちにまた別の料理人たちの手が加えられてずっと残っていくとしたら、多くのひとの命を支える糧になれるとしたら、それこそ本望です」

“ひとの命を支える糧になりたい”というのが、料理を通じて澪が叶えたい望み。この言葉を聞き、はじめは理解ができないと感じた柳吾も、「実にあのひとらしい」と澪の選択を肯定するのです。澪の食に対する信念の揺るがなさと、そんな澪をプロとして認め敬意を払う周囲の人々の情熱も、本作の感動的な要素のひとつです。

【魅力その3】「食」の描写の美しさと健やかさ

もちろん、澪の作るさまざまな料理の描写も、本シリーズを語る上で欠かせない魅力です。前述のとおり、澪の料理は決して“贅を尽くした特別なもの”ではありません。しかし、澪はどんなときも食べる相手のことを第一に考え、そのとき手に入れられる食材で創意工夫を凝らした料理を作ります。

たとえば、長らく雨に恵まれず野菜が育たなかった夏には、“時知らず”と呼ばれる、旬に関係なく年中手に入る食材だけで最良の料理を作ろうと苦戦します。

乾物の蚕豆そらまめは焙烙でこんがり焦げ目がつくまで気長に煎って、出汁と醤油を合わせた中に、じゅっと落とす。このまま半日置けば、味の沁みた箸休めになる。天満一兆庵の嘉兵衛が、讃岐出身のお客から望まれて作った懐かしい味だ。

「ふきちゃん、桶に水を張っておいてくれる」
ふき(※「つる家」の料理見習い)に命じて水を用意させると、澪はそこに土焼の器を全て浸す。
貴重な水をそうした使い方をするのが不思議なのだろう、ふきは小首を傾げた。澪はそれには構わず、政吉と並んで調理台に向かう。蒟蒻は塩でよく揉んでから洗い流して下茹でし、半寸の厚さの小判形に切って、鹿の子に包丁を入れる。充分に水気を除き、熟した胡麻油で蒟蒻の切り目が開くまで揚げた。これに甘辛く味を入れると、腹持ちのよいお菜になる。真鰯の塩焼きに、さっぱりと若布と千切り寒天の辛子酢味噌和えで、つる家の昼餉の献立が仕上がった。(中略)
「ふきちゃん、お膳に載せて運んでちょうだいな」
澪に命じられ、器に触れて、初めてふきは、あっ、と小さく声を出した。
秋冬に用いることの多い土ものの器だが、水に浸すと適度に水を吸い、手にした時にひんやりと冷たい。

“時知らず”をふんだんに使い、ささやかながらも丁寧な味つけの料理を作るとともに、器を手にした客に少しでも涼を感じてもらいたい、という心遣いも忘れない澪。感心して活気づく座敷を見た澪は、少ない食材でも楽しんで食事をする客たちに感謝し、喜びを感じます。

はじめは「関西の味は江戸では受け入れられない」と悪評を立てられることも多かった澪ですが、澪の料理人としての腕が上がるにつれ、むしろ彼女が修行してきた関西・関東それぞれの店の味つけの違いを生かした料理が客に珍しがられ、ファンが増えていくのです。各巻の巻末には「澪の料理帖」というレシピが付録についているため、澪の料理を実際に再現して楽しむことができるのも読みどころのひとつです。

おわりに

『みをつくし料理帖』シリーズで描かれるのは、料理の世界をテーマにした多くの作品に見られるような、贅を尽くした食事の華やかさや料理人の世界で頂点を目指すための厳しさではなく、身体の資本となる食の大切さや、ひとつの食材にこめられた料理人の熱い想いです。

次々と降りかかる困難を物ともせず、自分の信じる「食」のあり方を体現するために切磋琢磨する澪の姿からは、ささやかな勇気をもらえるはず。映画化を機に原作シリーズに興味を持った方は、ぜひ、澪の作るやさしい料理と彼女を支える人々のあたたかさを、原作で味わってみてください。

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