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僧侶が教える! 命との向き合い方・自分を大切にした生き方が学べる5冊

僧侶とは、出家して仏門に入った人のことです。たくさんの生死に直面する僧侶だからこそ、その人生経験の豊富さから、ときに人々の悩みを聞き、命の大切さについて説いてくれます。いつかは必ず訪れる大切な人との離別……。人生の本当の意味や、命との向き合い方について深く理解するためにも、一日一日を大切に送る心構えが身につく5冊をご紹介します。

僧侶が教える! 命との向き合い方・自分を大切にした生き方が学べる5冊

 

僧侶ブームの背景について

もともと僧侶といえば、瀬戸内寂聴さんのように人生経験豊富なご年配の方が私たちに命の大切さを説いたり、相談役になってくれるといったイメージではないでしょうか。しかし、最近はパワースポットとしてお寺巡りが紹介されたり、御朱印集めがブームになりましたね。ほかにも坊主バーや一つの宗派に縛られず、ユニークな思想を持つ若手僧侶などにもスポットライトが当たっているようです。
TVメディアでは金曜ドラマ『病室で念仏を唱えないでください』(TBS系列)、バラエティ番組『お坊さんバラエティぶっちゃけ寺』(テレビ朝日系列)が放送されるなど、僧侶が発信するコンテンツの需要は増えるばかり。この背景からも、僧侶には、一般人には決してない人生観や命との向き合い方に対する独特の思想があり、それらが今を悩める視聴者たちの救いの手となっているのではないでしょうか。

 

『劣等感という妄想 禅が教える「競わない」生き方』/枡野俊明

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https://www.shogakukan.co.jp/books/09388438

【あらすじ】
人気禅僧の枡野俊明氏による禅の思考や行動が紹介された本書。いまや枡野氏の人気は世界中のVIPからも「禅の庭を造って欲しい」とのオファーが殺到するほどです。本書は、「誰かと比較して一喜一憂するのは、人間の中に常に存在する「劣等感」のせい」と指摘しています。しかしその劣等感は妄想であり、自分より何かが劣っている人を見つけて安心感を得る優越感と同じく妄想だと説かれています。悪い妄想を断ち切るための戒めとなり、「心の拠り所」にもなる一冊です。

劣っているところを引き上げる、苦手な部分を克服するのは容易なことではありません。
好きでないことに努力を傾けるのは大変です。一方、好きなことなら努力も苦にならないし、上達も早いのです。発想を変えましょう。

私たちは周囲に「すごい!」と思う人がいると、その人に負けないように同じ土俵で勝負しようとしませんか? 例えば交渉能力に秀でている人を見れば、「あの人に比べて私はだめだ……。」と劣等感にさいなまれてしまうでしょう。しかし、そもそも同じスキルで勝負しようというのが発想の間違いだと本書は指摘します。仮に仕事の処理能力はいまいちでも、他者への気遣いには自信があるのであれば、もっと気配りできる自分を引き上げていくべきだと述べられています。

命に優越などありません。それぞれが絶対なのです。絶対なものは比べようがありません。ですから、一人が授かった、絶対な命を大切にして生きる。それが心理を拠り所にした「生き方」です。

ほとんどの人が、お金や社会的地位で人を判断する「ものさし」に振り回されている気さえします。中でもわかりやすいのが「お金というものさし」です。そういった物欲的な「ものさし」ばかりで価値を判断していると、自分と他人を比べる劣等感というものが常に存在してしまうのではないでしょうか。

物欲的なものさしばかりにフォーカスするのではなく、自分らしい生き方や命を最優先に物事を判断することを「天のものさし」と本書では定義しています。「天のものさし」をもつことで、自然と周囲と自分との生き方を比較することもなくなるのかもしれませんね。

 

『考えない練習』/小池龍之介

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https://www.shogakukan.co.jp/books/09408700

【あらすじ】
大人気僧侶・小池龍之介さんの単行本30万部突破のベストセラーが、ついに待望の文庫化。「イライラ」「不安」は、「休脳」によって練習でなくせる、そんな教えが本書の中にたくさん散りばめられています。日頃から悩みが尽きない私たちの『五感』を研ぎ澄ませてくれる一冊。

「さあ頑張ろう」と決めたはずが、心が勝手に「でも失敗したら嫌だしメンドウクサイからやーめた」と考え始めてしまったり。忘れたい出来事を心が勝手に「ああ、今日は嫌な一日だったなあ」と何度も考えてしまったり。〈中略〉こうして並べてみるだけでも、いかに私たちの意識が行う思考というものが不自由で、私たち自身の足を引っ張るものであるかがわかることでしょう。裏を返しますと、心のうちで勝手にピコピコと動き続けて私たちを支配する「思考」さえストップできるようになると、自らの心を思った通りに操縦しやすくなります。

この一節からネガティブな思考はもちろん、ポジティブな思考を延々と考えることもあまり良くないということが理解できるのではないでしょうか。
「考える」ということは事前準備としては時にうってつけですが、考えるほどに心は疲れていき、何事に対しても深刻に考えてしまう習性ができやすくなることは否めません。
こういった「心を疲れさせる情報のリピートを頭の中で止められないと知ったとき、いかに私たちが思考の流れについて日頃から無自覚だったことがわかる」と、本書では述べられています。思考をストップできないのは普段から「考えすぎる」ことが癖になっているのため、脳内の思考そのものが混乱してしまっているとも言い換えられるでしょう。疲れるだけの思考を何度も脳で繰り返さないためには「考えない練習」をして頭を休めることが大切であることを本書は教えてくれます。たしかに、いっそ何も考えないで五感のままに行動した方が、心を思うままにコントロールできた結果、成功することもあるでしょうね。

 

『こだわらない練習「それ、どうでもいい」という過ごしかた』/小池龍之介

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https://www.shogakukan.co.jp/books/09388400

【あらすじ】
ベストセラーを生み出し、人気僧侶でもある小池氏がスムーズな「心の断捨離」方法について教えてくれます。「世の中は余計なことであふれている」「それ、どうでもいい」という「スルー力」を学ぶことが大事だと説く本書。内容については、「平等にこだわらない」「ルールにこだわらない」「他人の期待にこだわらない」「友の有無にこだわらない」という、実生活にも取り入れたい18項目でまとめられています。本書を通じて、これまでの悩みを「それ、どうでもいい」と割り切り、不安のない日々を実現したいですね。

仏道という道すじは、「執着=こだわり」を手放し放棄することでこそ、人は幸福になれると指し示しています。〈中略〉実はいかなる執着も、以前に“快楽”を感じて気持ち良かったことを記録したうえで、その“快”を反復したいという欲望にもとづいて、生まれているに過ぎません。こうして“快”を感じるパターンが固定化し、考え方や生活スタイルが凝り固まった状況こそが、執着に他なりません。こだわりとは“快”を求めすぎて“快”を感じる回路を限定してしまうため、それ以外のものを“不快”として受け止めるようになり、むしろ“不快”の源泉にもなるのです。

こだわり(執着)を完全に捨てることは、だれしも難しいことでしょう。しかし、こだわりを持ちすぎるがゆえに、それ以外の道は「想定外」と決めつけ選択肢を狭めてしまうことは勿体ないことですよね。そうやって、幸せから遠ざかっている人たちが周囲にいたりしませんか? 仕事や食、ファッションに対するこだわりを持つことはプロフェッショナルだと認識されていますが、禅の教えによればそれは「幻想」に過ぎないそうです。こだわりが強すぎるあまり、それを長々と周囲に説明してうんざりされてしまう人もいるでしょう。それに、自分のこだわりに反するような事柄が起きると人はすぐに不快感を覚えるので、他人のことを批判しがちになってしまうのかもしれません。
人間関係を上手に築いてゆくためには、むしろこだわりなんて持たないくらいの方が上手くいくのかもしれませんね。

 

『いのちの苦しみは消える 医師で僧侶で末期がんの私』/田中雅博

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https://www.shogakukan.co.jp/books/09379883

【あらすじ】
内科医であり、僧侶でもある田中雅博氏は、自身も末期がんになり、余命数か月と自覚しています。医学の限界を知った彼は、人が死と向きあったときは、宗教こそが最大の救いだと述べています。生死と向かい合い、命の苦しみから逃れるためには、どんな人生であろうと、『自分の人生の物語』を完結させるために価値を見出すことが大事だといいます。人間であれば誰しも逃れることのできない生死の見極め方を教えてくれる一冊。

危機という言葉の「危」は危険という意味ですが、「機」は機会、チャンスという意味で、危機こそチャンスなのです。それも私にとっては最後のチャンスだと思っています。

自身がガンとなり余命数か月という立場であろうと、ポジティブに捉えようとする著者の前向きな姿に、心打たれる人も多いのではないでしょうか。医師・僧侶としてたくさんの生死に立ち会ってきた田中氏だからこそ、残された時間をいかにまっとうすべきなのかを冷静に悟られているような気さえします。例え多くの患者さんの死を看取ってきた田中氏でも、「死にたくない」「死ぬのが怖い」といった恐怖は少なからず存在するものでしょう。しかし、お釈迦様や般若心経の教えに従えば、「無頓着」こそが死の苦しみから逃れる唯一の方法であると本書では伝えています。般若心経の教えに触れることで、「死」への恐怖さえもこれまでの人生における「感謝の気持ち」へと変えるきっかけになるかもしれません。

 

『禅と食「生きる」を整える』/枡野俊明

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https://www.shogakukan.co.jp/books/09388322

【あらすじ】
「生きることは、食事をつくること、食べることにもつながる……。」そんな思考に気づかせてくれる本書。数々のベストセラーを輩出する枡野俊明氏が、「一回一回の食事を丁寧に大切にすることは、一瞬一瞬の人生を心をつくして生きることに通じる」と力説しています。禅のシンプル生活を知り、清々しく美しい生き方を提案してくれる一冊。

食事をつくること、そして、食べること。そこには禅の「教え」がふんだんに詰まっています。つくることをちょっと見直してみる、食べることを少しあらためてみる。それはそのまま禅の世界に触れることになります。しかも、食事の中には禅の本質があるのです。たとえば、食事の支度にとりかかるとき、目の前にある食材をどう扱うか。それは単に料理をする、ということにとどまらず、人とどうかかわるか、さらにはどんなふうに生きていくか、ということにまでつながっています。

私たちは先代より「食べ物があることに感謝しなさい」「食べ方は心のあり方。美しく食べなさい」といったアドバイスを一度は受けた経験があるのではないでしょうか。それに、規則正しい食生活が健康的な暮らしや命にも直結するといったことは、だれでもわかることでしょう。一方、食事とは毎日とるものですから、日々の暮らしの中で食事に感謝したり、食べるときの作法を大事にして生きることが、人との良縁や感謝の気持ちにもつながるということを忘れがちなことも否めません。

本書を読み進めていくことで、食材の一つ一つを大事にすることが、いかに周囲の人たちと誠意をもって付き合うことにもつながるといったことに強く気づかされ、毎日を一生懸命に生きようという意欲が湧いてくるかもしれません。

 

おわりに

お金や出世といった物欲的な執着心やこだわりは捨てて、今あるものにシンプルに感謝できるようになれたら……。私たちの生活はこれまでと180度変わって見えるかもしれません。家族がいること、仕事があること、食事すること。そんな普遍的なことに対しても、心から感謝できるような人間でありたいですね。

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