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第156回・直木賞候補作はココがスゴイ! わかりやすく徹底解説!

2017年1月19日に発表された、第156回直木賞。恩田陸『蜜蜂と遠雷』が見事受賞! 事前に、候補作5作品のあらすじと、その評価ポイントを、文藝評論家の末國善己氏が解説した記事を振り返ってみてください。果たして、予想は当たっていたのでしょうか?

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そもそも「直木賞」とは? 創設の歴史から現在の選考委員までをサクッと解説!
月形龍之介主演の映画『水戸黄門』の原作になった『黄門廻国記』、幕末の薩摩で起こったお家騒動が題材の『南国太平記』などの歴史時代小説を執筆したほか、出版社の経営、映画事業への参加など多方面で活躍した直木三十五は、1934年2月24日に死去した。享年43の若さだった。

直木と親しかった菊池寛は、自身が経営していた文藝春秋社発行の雑誌「文藝春秋」(1934年4月号)で、大衆文芸(現在のエンターテイメント小説)の世界で名を馳せた直木の名を冠した文学賞を作り、新進のエンターテイメント作家を顕彰することを発表。同時に、7年前に自殺した芥川龍之介との友情と社への貢献を記念して、純文学の新進作家を顕彰する芥川賞の創設も発表する。

翌1935年1月号の「文藝春秋」に「故芥川龍之介、直木三十五両氏の名を記念する為ここに『芥川龍之介賞』並びに『直木三十五賞』を制定し、文運隆盛の一助に資することゝした」とする「芥川・直木賞宣言」が掲載され、正式に二つの賞が誕生した。

両賞とも各年7月に発表される上半期と翌年1月に発表される下半期の年2回制。当初は、文藝春秋社が運営、選考を行っていたが、1938年上半期の第8回から日本文学振興会が受け継ぎ、現在に至っている。日本文学振興会は、文藝春秋社の中にあるため、受賞作はともかく、両賞の候補作は文藝春秋発行が発行した単行本、もしくは同社の雑誌に掲載された小説が多いとされている。

「芥川・直木賞宣言」では、芥川賞は純文学、直木賞は大衆文芸と区別していたが、共に「広く各新聞雑誌(同人雑誌を含む)に発表されたる無名若しくは新進作家」を受賞の対象にしていた。

ただ現在の日本文学振興会のホームページを見ると、芥川賞は設立された頃と変わらず「雑誌(同人雑誌を含む)に発表された、新進作家による純文学の中・短編作品」を賞の対象にしているのに対し、直木賞は「新進・中堅作家によるエンターテインメント作品の単行本(長編小説もしくは短編集)」から選ぶとされていて、現在とは微妙に内容が異なっている。

確かに近年の直木賞は、荻原浩、黒川博行、姫野カオルコ、安部龍太郎、池井戸潤、佐々木譲、北村薫など、ベテラン作家に功労賞的に与えることが多くなっている。「新進」といえる作家の受賞は、青山文平(ただ青山は、1992年に別名義で中央公論新人賞を受賞するも一時活動休止、2011年に松本清張賞を受賞して作家活動を再開しているので、新鋭なのか、ベテランなのか微妙)、朝井まかて、朝井リョウくらいだろうか。

芥川賞が純文学、直木賞がエンターテイメントという区別も、古くから境界が曖昧とされていて、剣豪小説の五味康祐、社会派推理の松本清張、官能小説の宇能鴻一郎は、直木賞の受賞者と思いきや、すべて芥川賞作家。今回、「カブールの園」が芥川賞の候補になった宮内悠介も、『盤上の夜』『ヨハネスブルグの天使たち』の2作が直木賞の候補になっている。そのため現在では、ジャンルの違いというよりも、芥川賞は中短編、直木賞は長編もしくは連作形式の短編集の賞といった色分けしかできないのかもしれない。

現在の直木賞の選考委員は、浅田次郎、伊集院静、北方謙三、桐野夏生、高村薫、林真理子、東野圭吾、宮城谷昌光、宮部みゆきの9名。このうち、北方謙三だけが直木賞を受賞していない。選考会は、東京築地にある料亭・新喜楽で行われ、芥川賞は1階、直木賞は2階の座敷を使っている。
ここからは、2017年1月19日に決まる第156回直木賞の候補作の内容と、評価ポイント、マイナスポイントを作家名の50音順に見ていきたい。

候補作品別・「ココが読みどころ!」「ココがもう少し!」

冲方丁『十二人の死にたい子どもたち』

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冲方丁うぶかたとうは、『マルドゥック・スクランブル』で日本SF大賞、『天地明察』で吉川英治文学新人賞と本屋大賞、『光圀伝』で山田風太郎賞と、華麗なる文学賞の受賞歴を誇っている。

そんな著者が、デビュー20周年にして初の現代ミステリーに挑んだのが『十二人の死にたい子どもたち』である。タイトルからも分かる通り、本書は、父親を殺したとされる少年が有罪か無罪かを議論する陪審員たちを描く密室劇の傑作『十二人の怒れる男』へのオマージュとなっている。

自殺サイトで知り合った12人の少年少女が、廃業した病院に集まってくる。子供たちは、あらかじめ教えられていた番号で建物の中にある金庫を開け、その中にある1から12の札を手にして、自殺する現場となる地下室へ向かう約束になっていた。だが12人全員が揃った時、既に1人の少年が用意されたベッドに横たわっていることが判明する。

この少年は招待された人物で、先に自殺したのか? それとも招かれざる部外者なのか? 少年が選ばれた自殺者なら、集まった12人の中に部外者が紛れ込んでいる可能性がある。この集いは、全員一致で意思決定をするのが原則。このまま自殺を決行するか、少年は何者で、なぜここにいるのかを議論するかの多数決を取ったところ、一人だけが議論を求めた。ここから、謎の13人目の正体と目的を推理する議論が始まる。

地下室での議論が白熱すると状況が二転三転し、12人の死にたい理由も浮かび上がってくる。いじめ、家庭の問題、病気といった切実なものから、非現実的で滑稽に思えるものまで自殺の動機は千差万別だが、これらは現代の社会問題とリンクしている。そのため子供たちと同世代の読者は困難にいかに向き合うかを、大人は子供たちをいかに救うかを考えずにはいられない。何より、12人が直面している苦悩と、そこから抜け出そうと必死にあがく姿を、上から目線を排除し、真摯に描いた著者の姿勢が素晴らしい。

自殺志願者の子供たちが集まると聞くと、ハッピーエンドも、バッドエンドも想像できるが、この作品のラストは、こちらの予測を超えなかったので、純粋にミステリーとして見るとどんでん返しに弱さがある。

また少年少女は、自分たちがどの順番で病院に着き、どの順番で金庫から札を取ったのかを明らかにすることで、13人目の少年が病院に来た時間を絞り込み、真相に近付こうとする。ただ12人もの足跡が描かれるだけに、推理のプロセスが煩雑になっているの否めなかった。このあたりが、ミステリーのルールにうるさい選考委員には、マイナスに評価される可能性がある。

 

恩田陸『蜜蜂と遠雷』

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幻想小説、ミステリー、SF、ホラー、青春小説など、幅広いジャンルを手掛けている恩田陸も、『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞と本屋大賞、『ユージニア』で日本推理作家協会賞、『中庭の出来事』で山本周五郎を受賞するなど、多くの名作を世に送り出している。『蜜蜂と遠雷』は、ピアノコンクールを舞台にした青春小説色の強い作品である。

物語は、国際的に注目を集める芳ヶ江国際ピアノコンクールで、誰が優勝するのかというシンプルなものだ。

正統派の演奏技術と甘いマスク、カリスマ性を兼ね備えた19歳のマサル・C・レヴィ・アナトール。かつては天才少女として騒がれたものの、音楽の世界に導いてくれた母の死にショックを受け、ピアノから遠ざかっていた20歳の栄伝亜夜。既婚者で仕事もあるが、音楽への夢が捨てられず参加年齢ギリギリの28歳でコンクール出場を決めた高島明石。そして波乱を巻き起こすのが、養蜂家の父と世界中を放浪しているためピアノを持っておらず、亡くなった後も尊敬を集める音楽家ユウジ・フォン=ホフマンが出張してまで指導した16歳の風間塵。

これら個性豊かなメンバーが、100人近い参加者がいる一次予選から、二次予選、三次予選とふるいにかけられ、オーケストラと共演する本選に出場できるのが6人だけという厳しいレースに挑むことになる。

コンクールの参加者はライバルではあるが、切磋琢磨しながら高みを目指す同志でもある。参加者たちに思わぬ過去の因縁があったり、別の参加者の驚異的な演奏を聴き、その場で能力を進化させる参加者がいたりと、登場人物の人生を交錯させながら、ポリフォニックに紡がれていく物語のパワーは圧倒的だ。

天才型のマサル、亜夜、塵に対し、自分の才能の限界を知る明石は、長い人生経験を武器に戦いに挑むので、誰が予選を突破するのかも分らずスリリングな展開が続く。何より圧倒されたのが、敷居が高い読者もいるクラッシックの世界を身近に感じさせる音楽の描写である。

ある時は演奏者の心理を描き、ある時は審査員の評価を軸に、またある時は曲の背景や解釈を掘り下げることで、言葉で表現するのが難しい音楽を鮮やかに表現しているのだ。そのため演奏が繰り返されるだけなのに、場面ごとに変化と仕掛けが用意されていて、最後まで飽きさせない。約500ページ2段組という今回の候補作5作の中では最大の大著ながら、一気に読めてしまうだろう。

音楽の世界は、才能ある人物が、人生のすべてを練習時間に充てたとしても、それで金を稼げるとは限らない。だが音楽家を目指す人たちは、それを承知の上で、音楽に人生を捧げようとしている。この覚悟や情熱は、音楽家に特有のものではなく、一般的な勉強や仕事にもあてはまる。天才たちが織り成す華麗な物語を通して、誰にとっても身近なテーマを描いたところも、本書の魅力なのである。

本書には特に欠点はないが、天才的な表現者が勝負をするという展開が美内すずえ『ガラスの仮面』を、クラッシックが題材という意味では二ノ宮知子『のだめカンタービレ』などの人気漫画を想起させるし、王子様キャラのマサル、型破りな天才・塵、再起をはかる亜夜と、登場人物にも漫画的なパターンがある。漫画的な設定に否定的な人だと、評価が低くなるかもしれない。

 

垣根涼介『室町無頼』

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大飢饉による社会の混乱が引き起こした寛正の土一揆をクライマックスにした『室町無頼』は、垣根涼介の2作目の歴史小説。前作『光秀の定理』にはまだ固さもあったが、本書ではそれも取れ、南米移民が自分たちを切り捨てた日本政府に復讐する著者の代表作『ワイルド・ソウル』を思わせる圧倒的なドライブ感を作り上げている。

著者は、その『ワイルド・ソウル』で大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞をトリプル受賞。『君たちに明日はない』で山本周五郎賞を受賞した。

幕府の力が弱まった室町中期は、権力構造が複雑化し、背景の説明が難しいこともあって歴史小説で扱われることが少ない。それだけに著者は難しい題材に挑んだといえるが、実在した人物ながら経歴がよく分っていない骨皮道賢ほねかわどうげん蓮田兵衛はすだひょうえを巧みに使うことで、史実の隙間に大胆なフィクションを織り込み、ダイナミックな物語を仕立てることに成功している。

社会の矛盾が生んだ牢人の子として極貧生活を送っていた才蔵は、15歳で天涯孤独になり京に出る。自己流で棒術の鍛練をしていた才蔵は、腕を見込まれ土倉(金貸し)の用心棒になる。その土倉を、京の治安維持を任されているが、実際は無頼の骨皮道賢が襲う。

道賢は最後まで戦った才蔵を気に入り、借金に苦しむ農民の相談役をしている蓮田兵衛に引き合わせる。ここから才蔵の運命は大きく動き出す。兵衛に棒術を極めた老人を紹介された才蔵は、油断すれば死が待ち受けている危険な修行を始める。

才蔵たちが生きた室町中期は、貨幣経済が発達し、土倉に進出する富裕層が増えていた。その一方で、天候不順が続き、借金をするしか年貢を払う手段がない農民は困窮していたが、富裕層の税に頼っている幕府は、土倉を優遇し農民など歯牙にもかけなかった。

経済構造の変化が格差を広げ、それに為政者が何の手も打たない状況は、驚くほど現代に似ている。それだけに、世を変えるために捨て石になる覚悟で立ち上がる兵衛と、その下で働くことで貧困の連鎖を断ち切ろうとする才蔵が、社会に不満を持つ農民たちを集めて、弱者を切り捨てた幕府に戦いを挑む終盤は痛快で、快哉を叫びたくなるはずだ。

棒術の老師匠のもとで過酷な修行をした才蔵は、自分の頭で考えなければ窮地から抜け出せないと教えられる。これは室町中期と同じように、格差の広がりが閉塞感を深めている現代を生きる読者に、それを打ち破る方法を示すメッセージになっている。才蔵が修行で学んだことは後の人生に活かされているので、修行のシーンに意味はある。それは認めつつも、いささか長すぎるので、大スペクタクルの寛正の土一揆が駆け足になったバランスの悪さが気になった。

 

須賀しのぶ『また、桜の国で』

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須賀しのぶは、大陸一の売れっ子女郎になるため哈爾濱ハルビンに渡った少女フミを主人公にした『芙蓉千里』でセンスオブジェンダー賞の大賞を、冷戦末期の東ドイツを舞台に、日本人音楽家の成長を描く『革命前夜』で大藪春彦賞を受賞するなど、近現代史を題材にした歴史小説に定評がある。ポーランドを舞台にした『また、桜の国で』は、日本とポーランドの知られざる関係を掘り起こしつつ、第二次大戦前夜の1939年からナチスの占領にポーランド人が抵抗した1944年のワルシャワ蜂起までを描いている。

1920年。日本は祖国を追われシベリアで暮らしていたポーランド人の孤児を受け入れていた。革命の勃発で帰国できなくなったロシア人の父と、日本人の母を持つ9歳の棚倉慎は、なぜか帰国直前に逃げ出したポーランド人孤児のカミルと出会う。それから19年後、慎は、ポーランドの日本大使館に書記生として赴任する。ワルシャワへ向かう列車の中で、ドイツ人ともめていたユダヤ人の青年ヤンを助けた慎は、ヤンと親しくなる。

当時の日本は、ソ連への警戒から、同じ反共のナチス・ドイツとの関係を深めていた。慎は、帰国したポーランド人孤児が日本文化を広めるために作った極東青年会などの協力を得て、ソ連の情報を集めていた。そんな慎の前に、ドイツとソ連が不可侵条約を結ぶと断言するアメリカ人の記者パーカーが現れる。その言葉は現実になり、ドイツを信じていた日本は大混乱に陥る。その直後、ドイツがポーランドに侵攻する。

それでも親ドイツ政策を採る日本は、占領下のポーランドから大使館員の撤退命令を出す。だが慎は、留まれば死の危険もあるワルシャワに残り、ヤンやパーカーらと連携を取りながら、愛するポーランドの人たちを救おうとする。

スラヴ系の容姿を持つがゆえに、日本で差別された経験を持つ慎。長く欧米社会で迫害されてきたユダヤ人のヤン。多国籍の移民国家であるアメリカ人のパーカーと、本書の登場人物は、自分のアイデンティティが帰属しているのは国家なのか、民族なのかのゆらぎの中で成長してきた。そんな三人が、国家や民族の枠を超え、虐げられているポーランド人のために立ち上がる展開には、深い感動がある。慎は、地獄のようなワルシャワで危険な地下活動を続けるうちに、「国を愛する心は、上から植えつけられるものでは断じてない。まして、他国や他の民族への憎悪を糧に培われるものであってはならない」と考えるようになる。真の愛国心とは何かを問うテーマは、ヘイトスピーチが激しさを増す現代日本を生きる一人一人が重く受け止めなければならない。

この作品も『蜜蜂と遠雷』と同じく特に欠点はないが、日本人には馴染みの薄いポーランドを舞台にしていること、ワルシャワで死線をくぐる三人が、似たような境遇で成長しているところが、テーマを強調するための作りものめいた設定ととられる危険性はある。

 

森見登美彦『夜行』

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森見登美彦は、今回の直木賞候補者の中では最年少、作家としてのキャリアも最も短いが、『夜は短し歩けよ乙女』で山本周五郎賞、『ペンギン・ハイウェイ』で日本SF大賞などを受賞しており、キャリアでは決して負けていない。著者の作家生活10周年記念作品となる『夜行』は、ユーモアの要素を排除した連作の怪談集で、『きつねのはなし』を思わせるテイストがある。

京都の英会話スクールに通っていた仲間が、大橋の呼びかけで集まった。大橋、中井、藤村、武田、田辺に、長谷川さんという女性を加えた6人は、10年前に叡山電鉄に乗って鞍馬の火祭りに出掛けたが、そこで長谷川さんが忽然と姿を消した。それ以来の再会になった5人は、それぞれが旅先で経験した不思議な話を始める。5人が語る奇妙な物語には、3年前に死んだ画家・岸田道生が描いた連作の絵画「夜行」がかかわっていた。

今から5年前、家を出た妻を探しに尾道に向かった中井は、妻が身を寄せている高台の古民家にある雑貨店を訪ねる。そこには妻そっくりの女性がいたが、言葉を交わすと妻ではなかった。その夜、尾道のホテルに泊まった中井は、ホテルマンに、高台の雑貨店は妻の店だったが、今は誰も住んでいないといわれる(第1夜「尾道」)。

4年前、武田は、会社の先輩・増田さんに誘われ、増田さんの恋人の川上美弥さん、美弥の妹の瑠璃さんの4人で、車で飛騨高山に向かっていた。その途中で一行は、事故で立ち往生しているミシマという老女を助け、車に乗せる。未来を見る特殊な能力を持つというミシマは、2人に死相が出ているのですぐに帰れと告げる(第2夜「奥飛騨」)。

このように収録の5作は、主人公が不条理な状況に追い込まれ、謎が放置されたまま終わることも珍しくない。夫とその同僚と鉄道旅行に出かけた藤村が、夜行列車の中から燃える家を見る第3夜「津軽」、飯田線に乗った田辺が、ボックス席で話をしている僧侶と女子高生を目にする第4夜「天竜峡」と進むにつれ、物語は岸田道生の絵画「夜行」を軸にゆるやかに繋がっていくのだが、どこに着地するかがまったく読めず、迷路の中をさ迷っているような不安と不気味さが満喫できる。作中で描かれる怪異には、因果もなければ、法則性もないが、ごく親しい人の変化、消失という身近な題材ばかりなので、どこか生々しい不気味さだけが印象に残るのではないだろうか。

本書は、ムダを極限まで排し、磨き上げた文体で、めくるめくイマジネーションを作っているので本当に美しい。だが、著者の説明があまりに少ないために、読者が自分で物語を解釈していかないと、意味不明のまま終わることにもなりかねない。その意味で、読者を選ぶ作品といえる。

ズバリ予想!本命は? 対抗は?
それでは最後に、今回の第156回の直木賞を予想してみたい。
本命は、恩田陸『蜜蜂と遠雷』。直木賞の候補に過去5回なっている恩田陸は、功労賞的な性格を強めている直木賞では最も受賞に近いし、候補作の『蜜蜂と遠雷』は、間違いなく恩田陸の代表作になる傑作でもある。作家としてのキャリア、作品の質から見ても、受賞は固いだろう。
対抗は、国家とは何か、民族とは何かを問う骨太のテーマに正面から取り組んだ須賀しのぶ『また、桜の国で』。第154回の直木賞候補には、兵士兼コックのアメリカの特技兵が、第二次大戦末期のヨーロッパ戦線で奇妙な事件に挑む深緑野分のミステリー『戦場のコックたち』が選ばれた。この時は、「どうしてアメリカ軍の兵士の物語を書かなければならないのか」(林真理子)、「この種の小説には必要不可欠な、戦争観や哲学性には不足している」(浅田次郎)など否定的な選評も多かったが、『また、桜の国で』は、選考委員が指摘した問題点をクリアしているので、受賞の可能性は少なくない。
穴は森見登美彦『夜行』。好き、嫌いがはっきりわかれる作品だけに、好きな選考委員が1人でもいれば強く推すかもしれず、声の大きな選考委員が主張をし続けた結果、受賞に至ったとの話はよく聞くので、受賞の目はある。
この予想は当たるのか? この記事を読んでいただいた皆さんと共に、結果を楽しみに待ちたい。

 

筆者・末國善己 プロフィール

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●すえくによしみ・1968年広島県生まれ。歴史時代小説とミステリーを中心に活動している文芸評論家。著書に『時代小説で読む日本史』『夜の日本史』『時代小説マストリード100』、編著に『山本周五郎探偵小説全集』『岡本綺堂探偵小説全集』『血闘! 新選組』『刀剣』などがある。

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