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『ナラタージュ』が映画化。島本理生の数多くの作品に共通する魅力に迫る。

瑞々しい感性をもって、恋をしている女性の心理をていねいに描く作家、島本理生。2017年10月に映画が公開される代表作、『ナラタージュ』をはじめ、彼女の作品の魅力とはどこにあるのでしょうか。作家としてのこれまでの歩み、その他の作品を踏まえて解説します。

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登場人物の繊細な心の動きを丁寧に描いた作品で知られる作家、島本理生

2003年に『リトル・バイ・リトル』が芥川賞候補になったほか、同作品で第25回野間文芸新人賞を史上最年少で受賞するなど、確かな実力をもとに数多くの作品を発表し続けています。

島本氏は以前、個人のTwitterアカウントで好きな作品のアンケートを実施しましたが、そこで堂々の1位となった作品が、2005年に発表された長編小説『ナラタージュ』です。高校教師と生徒として出会ったふたりが、時を経て恋に落ちる姿を描いたこの作品は、発売した年の本屋大賞第6位、「この恋愛小説がすごい!2006年版」第1位に輝きました。

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島本理生の魅力とは、なんといっても恋愛関係にある男女の心理を独特の透明感や表現力で書き表している点。この『ナラタージュ』においても、互いに想い合っていながらも、結ばれることのない男女のもどかしさを切なく描かれています。

そして『ナラタージュ』の発表から12年もの歳月を経た2017年10月、実写映画が公開されることとなりました。有村架純や松本潤といったキャストはもちろん、『世界の中心で、愛を叫ぶ』や『春の雪』でも知られる行定勲監督がメガホンを取ることも大きな話題となっています。

今回は、早熟の作家として才能を開花させながら、女性を中心に支持を集めている島本理生の素顔、そして12年もの歳月を経てもなお色褪せない魅力の詰まった作品、『ナラタージュ』を始めとする作品の魅力に迫ります。

 

早熟の天才、島本理生

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島本理生は1983年、東京都に生まれました。小学生の頃には既に小説を書き始めた島本氏は1998年、初めて投稿した作品『ヨル』が若干15歳にして雑誌『鳩よ!』掌編小説コンクールに当選し、年間MVPに選ばれます。

その後、高校在学中の2001年に発表した『シルエット』が群像新人文学賞優秀作に。同作品で作家として輝かしいデビューを果たした後も、2004年の『生まれる森』、2005年の『大きな熊が来る前に、おやすみ。』、2015年の『夏の裁断』がそれぞれ芥川賞候補に選出されています。島本氏が文壇から高い評価を受けているのは、これらのことからも十分伝わるのではないでしょうか。

そして2005年に発表された『ナラタージュ』は原稿用紙換算で700枚強にもなる長編小説です。かつての生徒と教師、許されないとわかっていながらも止められない想いを貫こうとするこの作品について、島本氏は自身のブログにてこう振り返っています。

年齢、時期とタイミング、恋と高校卒業、偶然に重なった要素が凝縮していて、こればかりは同じような小説はもう書けない。それは残念じゃなく、むしろ生涯に一度の機会を与えられたことが幸運だったと思う。

『ナラタージュ』の登場人物は、二度とできないような究極の恋に落ちますが、島本氏もまた生涯に一度しか執筆できないほどの傑作を生み出したのです。

島本理生の描き出したもの

では、そんな島本理生の作品で描かれているのは、どのようなことなのでしょうか。

 

“父親”の存在

『ナラタージュ』をはじめ、島本理生の作品には、「恋愛小説が多い」というイメージが確立されつつありますが、父親の存在が印象に残るものもあります。いわば、「父親」の存在を通し、家族の姿や恋愛を描き出そうとしているのです。

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『リトル・バイ・リトル』の主人公、橘ふみは母親と幼い妹とつつましい生活を送っていますが、ふみにはかつて父親に虐待をされていた過去がありました。さらに母親の再婚相手との関係も決して良好ではないふみは、父親からの愛情が不十分だといえます。

ふみは誕生日に決まった場所で父親と会う約束をしていましたが、やがて13歳の誕生日以降、父親は姿を現さなくなります。それでもどこか期待をしているふみは、来るはずのない父親を待ち続けていました。

19歳の誕生日、ふみは父親が現れなくなった理由を母親から告げられます。それは、「父親失格の自分はこれ以上、会う権利は無い」と父親自らが主張していた、といったものでした。

自分の知らないところで、身勝手な理由から拒絶されていたことを知ったふみは、自分が抱いていた期待が既に無くなっていたと気づきます。それでも、母親の職場で知り合った男子高校生、市倉周をはじめとする周囲の人々との触れ合いを通し、父親の不在を穴埋めするかのように再生していく姿が描かれています。

そして『ナラタージュ』では、主人公の工藤泉がかつての恩師、葉山に惹かれる姿が全編を通して描かれていますが、泉が葉山に惹かれた理由のひとつに、“父親の存在”が大きく関わっています。

泉は自らの父親のことを「父親というよりはひとりの気難しい男性」として見ており、父親という意識をはっきりと持っていませんでした。それは大学2年生の春に父親が仕事の都合でドイツに行ったことでさらに強まります。

泉は「ドイツに遊びに来たらどうだ」という父親からの電話を切った後、あらためて父親と葉山がまったく違うタイプであることに気づき、1人で苦笑します。その違いとは、「娘として遠い存在にしか思えない」父親と、「親身になって悩みに向き合ってくれる」葉山という点。泉は自分の父親から満足に与えられなかったものを求めていたからこそ、私生活についても何かと心配をしてくれていた葉山を慕っていたのでしょう。

 

食事と恋愛のつながり

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島本氏の作品には、食事のシーンが頻繁に見られます。食事と自身の恋愛を軸にしたエッセイ、『B級恋愛グルメのすすめ』には、恋愛小説と食事の関係性についてこう綴られています。

恋する男女は、食欲も旺盛だ。そこに潜んでいるのは、動物的なエネルギーだったり、家庭的な愛情だったり。関係性によって恋愛の形も食事の内容もさまざま。

このように恋愛と食事の関係性をとらえている島本氏だからこそ、作品では度々男女がともに食事をする場面が多いのでしょう。

芥川賞の候補にもなった長編小説『夏の裁断』では、ふたりの男性の特徴が「食事」という行動によって差別化されています。

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この物語は、主人公の女性作家、萱野千紘が編集者の柴田の手をフォークで刺そうとするところから始まります。柴田に心の隙につけこまれ、精神的に追い詰められていた千紘は、パーティーで再会した動揺からそのような行動に走ります。そんな柴田を“悪魔のような男”と表現する千紘は、仕事で知り合ったイラストレーター、猪俣と関係を続けていました。

ここで注目したいのは、このふたりの男性が千紘と飲食をする場面。柴田と飲みに行った場面では“荒さ”が、猪俣が千紘の前でビールを飲む場面では“丁寧さ”が読み取れます。

緊張していたので、ずいぶんと早いペースで飲んだ。揚げ物のバスケットだけでも手一杯なのに、柴田さんはキノコのソテーを追加した。(中略)柴田さんは頼んだわりに、ほとんど手をつけなかった。

猪俣君は缶ビールのプルタブを引っ張って、グラスに丁寧に三度注いでから美味しそうに飲んだ。彼の飲食に対する丁寧な姿勢は好きだ。柴田さんはなんでも荒かった。

急に突き放したかと思えば、「僕さあ、萱野さんと飯食うと美味く感じる」と呟いて一気に距離を詰めて翻弄する柴田と、好意をひたむきに向けてくれる猪俣。そんなまったく違うふたりの男性が、人間の素が出ることも多い“食事”をもって表現されています。

そして『ナラタージュ』のクライマックスもまた、食事の場面。

葉山への思いを封じ込めたまま社会人になった泉はある日、仕事で偶然出会った人と食事をすることに。その相手から思わぬ形で葉山の本当の思いを知った泉の静かな驚きと感動は、どのように描かれているのか。それはぜひあなたの目で確かめてください。

 

繊細な眼差しで描かれる、恋愛

若い女性を中心に、支持を集め続ける島本理生。それは、日常にある恋愛を繊細に描き続けている作品が読者の胸を打つからなのでしょう。

2017年の10月、結ばれることがない禁断の恋愛を描いた『ナラタージュ』が、映像化によってどんな輝きを持つのか。今から公開が待ち遠しいですね。

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