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結局「人」がいちばん怖い。幽霊が出てこない最恐ホラー小説4選

幽霊や妖怪が登場する王道のホラー小説とはひと味違う、「人間」の恐ろしさに焦点を当てたサイコホラー小説も恐ろしいものです。人間の狂気が感じられる、選りすぐりの現代ホラー小説を4作品ご紹介します。

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暑い夏がやってくると、背筋がひんやりと冷たくなるようなホラー小説を読みたくなる、という方は多いのではないでしょうか。
しかし中には、幽霊や妖怪に憑かれる小説はリアリティがないから苦手、という方や、王道のホラー小説はもう読み飽きた──なんていう方もいらっしゃるかもしれません。

そこで今回は、幽霊や妖怪が登場しない、「人間」の恐ろしさに焦点を当てた現代ホラー小説を集めてみました。生きている人間の狂気が光る、極上のホラー小説4作品をご紹介します。

陰湿な兄弟喧嘩が迎える最悪の結末──羽田圭介『黒冷水』

黒冷水
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/430940765X/

芥川賞作家・羽田圭介のデビュー作で、第40回文藝賞受賞作の長編小説『黒冷水こくれいすい』は、高校生の正気まさきと中学生の修作という犬猿の仲の兄弟を主人公とした物語です。

修作は、兄・正気を偏執的に憎んでおり、正気が外出している隙に彼の部屋を隠れてあさることを日課にしています。

まずは机の引き出しの取っ手に手を掛ける。(中略)
取っ手を掴んでゆっくりと引く。引出しの中が露わになった。その引出しの中身を舐めまわすように見る。まず目に飛び込んできたのは……、画用紙、原稿用紙、ポストイット、セロハンテープ、コースター。当たり障りのないものだけだ。

まだなにかあされそうだ。今度兄が外出するチャンスがいつくるかわかったものではない。やれるだけやろうと思っていた。戦争映画かなにかで「破壊できるだけ破壊して帰還せよ」とかなんとか言っていた。それと同じだ。

いったい何が修作をこのような行動に向かわせるのか、わからないまま物語は不気味に進んでいきます。そして実は、正気は修作が自分の部屋を定期的にあさっていることに気づいており、修作の幼稚な手口をあざ笑うかのように淡々と対策を講じ続けるのです。

一見、異常な弟とそんな弟に手を焼く兄……という関係に思えるふたりですが、読み進めていくと、修作が正気を強く憎んでいる背景には、幼い頃に正気が修作に振るっていた暴力の存在があることが浮かび上がってきます。

正気は、修作を見ていると自分の心の中に湧き上がってくる、どす黒く凍えるほどに冷たい感覚を「黒冷水」と表現します。「黒冷水」はやがて正気の心を侵食していき、ふたりの兄弟喧嘩はやがて、思いも寄らない残酷な結末へと進んでいきます。
思春期の男子のリアルな感情を描いたシーンにはユーモアもありながら、登場人物の誰が正常なのかが読み進めるほどにわからなくなっていくような恐ろしさが、本作のなによりの魅力です。

ここは幽霊屋敷なのか? それとも──恩田陸『私の家では何も起こらない』

私の家では
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4041046408/

『私の家では何も起こらない』は、恩田陸による“幽霊屋敷”を舞台にした連作短編小説です。幽霊屋敷で起こる不可解な出来事、と聞くと死者が鍵となる王道のホラー小説を思い浮かべるかもしれませんが、本作の中心となるのは死者ではなく、屋敷を訪れるどこか奇妙な生者たちが引き起こすささやかな事件です。

短編集の1話目にあたる表題作、「私の家では何も起こらない」では、近所の子どもたちから“幽霊屋敷”と呼ばれている古びた洋館に住む、作家の女性の視点で物語が進みます。
ある日、女性の住む屋敷に見知らぬ大男が訪ねてきて、彼女に「あの姉妹のことを聞かせてくれ」と迫ります。男は、その屋敷にかつて住んでいた姉妹がお互いを殺し合うという凄惨な事件があったこと、そして屋敷ではほかにも奇妙な殺人事件がいくつも起こっているということを滔々と語り、事件の痕跡が残っていないかを確かめたいと言うのです。

自分は叔母から屋敷を譲り受けただけで何も知らない、叔母の行方も家族の誰にも分からない、と主張する女性に、男はこう詰め寄ります。

「私はね、あなたがそんなに平気にしているのが不思議でたまらないんですよ。こんな恐ろしいところで、至って正気のまま毎日ここで暮らしていることがね」

女性はしばらく黙って男の話を聞き続けますが、男はしだいにおかしな様子になっていき、突如、衝撃的な告白をするのです。

「ここに埋めたんだ」
私が声を掛けようと身体を動かした時、男が呟く。
「あんたの叔母さんを」

男の告白は本当なのか? そして、女性の住む館は本当に“幽霊屋敷”なのか? ──奇妙な謎に満ちたこの物語は、とても静かな、しかしゾクリとする結末で幕を下ろします。どこか郷愁を誘われるような、雰囲気のあるホラー小説を読みたい方には特にお薦めの1冊です。

ポスターの謎の「染み」の正体は?──芦沢央『火のないところに煙は』

火のないところに煙は
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4103500824/

『火のないところに煙は』は、著者である芦沢央の身の回りで起きた奇妙な出来事を綴る、連作短編ホラー小説です。

1話目にあたる「染み」は、早樹子という女性の視点で物語が進みます。早樹子は、学生時代の友人である芦沢に、「尚子という友人の恋人が交通事故死を遂げて以来、彼女の身に不可解な出来事が起こり続けている」という相談を持ちかけてきたのでした。

早樹子が言うには、尚子はかつて恋人とともに、“よく当たる”と評判の占い師に自分たちの今後について占ってもらったことがありました。占い師は尚子と恋人を占うなり「早く別れたほうがいい」と伝え、それを聞いた尚子の恋人は人が変わったように激怒したというのです。

しばらくして、尚子の恋人は不幸にも事故で命を落としてしまいます。それ以来、尚子の勤務する広告制作会社に、奇妙なクレームが入るようになりました。
そのクレームとは、尚子の納品する交通広告のポスターに、おかしな「染み」がついているというもの。繰り返し入るクレームに辟易した尚子が実際に返品されたポスターを見てみると、そこにはたしかに奇妙な赤い染みがありました。その染みをルーペで拡大してみた尚子は、恐怖におののくことになります。

「染み」の正体はなんだったのか? そして、占い師はなぜ尚子たちに「別れたほうがいい」と伝えたのか? ──ホラーとしてはもちろん、サスペンス要素も楽しむことができる本作。すべての謎が繋がる最終話には、ゾッとするようなオチが待ち構えています。

再婚相手を探すための「オーディション」の結末は?──村上龍『オーディション』

オーディション
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4877285466/

『オーディション』は、村上龍による長編小説です。1999年に三池崇史監督によって映画化され、椎名英姫演じるヒロイン・麻美の狂気をはらんだ演技や痛々しくリアルな描写からも話題を呼びました。

本作の主人公は、制作会社を経営する青山という中年男性。数年前に妻を亡くして以来、男手ひとつで高校生の息子を育ててきた青山は、ある日息子から「そろそろ再婚してみては」と提案されます。
その話を耳にした青山の友人で映画のプロデューサーでもある吉川は、これから新作映画のヒロインのオーディションがおこなわれることを告げます。吉川は青山に、オーディションを利用し、その中から気になる女性を見つけてはどうかと持ちかけるのです。

そんなうまい話があるものか、と半信半疑でいた青山ですが、彼はオーディション会場に入るとすぐに、4000人の女性の中からひときわ魅力的な麻美という女性を見つけ出します。青山と麻美は恋に落ちますが、青山が麻美のことを調べていくと、しだいに彼女にまつわる不可解な謎が次々と出てくるのでした。

麻美の狂気的な愛情も本作の読みどころのひとつですが、何より恐ろしいのは、周りから「あの女性は変だ」と言われることを意にも介さず、素性の一切わからない麻美に盲目的なまでに夢中になっていく青山の姿。恋愛をきっかけに少しずつ理性を失っていく人間の滑稽さと哀しさを、存分に味わうことができるサイコホラー作品です。

おわりに

鏡の向こうに佇む幽霊と目が合ってしまう、車の後部座席に知らない女性が乗っていることに気づいてしまう──といった、“幽霊”を主役にしたホラー小説はもちろん恐ろしいもの。しかし、私達が本当にもっとも恐ろしく感じるのは、一見“正常”に思える人間のたがが少しずつ外れていくさまではないでしょうか。

今回ご紹介した4作品は、王道のホラー小説のように、読み終えたあとにひとりで眠るのが怖くなってしまうような作品ではありません。しかし読了後、「もしかしたらあの人は自分のことを嫌っているのかも……」と、周りの人たちに対して少しだけ疑心暗鬼になってしまうかもしれません。

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