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【実写映画化】凪良ゆう『流浪の月』の3つの魅力

広瀬すず・松坂桃李ら豪華俳優陣が出演する映画『流浪の月』が、2022年5月13日から全国公開されます。映画の原作は、人気作家・凪良ゆうの同名の小説。2020年本屋大賞も受賞した本作のあらすじを詳しく紹介しつつ、作品の魅力を3つの観点から解説します。

2020年に本屋大賞を受賞した小説家・凪良ゆうの代表作『流浪の月』が、李相日監督によって映画化され、2022年5月13日から全国公開されます。人気俳優、広瀬すずと松坂桃李を主演に迎えた本作は、早くも大きな注目を集めています。

『流浪の月』は、意図せずに誘拐事件の「被害者」「加害者」の関係となってしまった男女の関係の変化を描いた作品。今回は、原作小説のあらすじを紹介しつつ、作品の魅力を複数の角度から解説していきます。

(※本記事には、『流浪の月』のネタバレが含まれます)

『流浪の月』のあらすじ


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B09NJMCW3R/

『流浪の月』は、家内更紗さらさ佐伯文というふたりの男女の、運命的な出会いと関係の変化を描く物語です。

主人公の更紗は、肩肘張らない生活を謳歌し、周囲の人々からは“浮世離れしている”と評される両親に育てられた少女。更紗は愛する両親のもとで自由気ままな毎日を送っていましたが、小学生のとき、父親の湊が病気により突然命を落としたことをきっかけに、生活が一変してしまいます。母親が傷心のあまり更紗を置いて家を出てしまったために、伯母の家に預けられることとなったのです。

奔放な両親とは違い、真面目で常識を重んじる伯母一家に戸惑いつつも、新しい暮らしに慣れようと努力する更紗。しかし、伯母のひとり息子である孝弘が夜な夜な更紗の部屋に入り、性的な接触をしてくるようになったことで、更紗の心は深く傷つきます。

孝弘のことを誰にも相談できずひとり悩んでいた更紗が、ある日、公園で出会ったのが大学生の文でした。文は毎日、公園のベンチに座ってぼんやりと小学生たちを眺めていることから、更紗の同級生たちに“ロリコン”と呼ばれていました。しかし、それを知りつつも更紗は、文に助けを求めます。文の切れ長の目に父親・湊の面影を見た更紗は、「帰らないの?」と話しかけてきた文に「帰りたくないの」と返事をし、彼の家についていくのでした。

よからぬ噂とは裏腹に、文は更紗を大切に扱い、甲斐甲斐しく衣食住の世話をしてくれます。「帰りたくないなら、うちにいればいい」という文の言葉に甘え、何日も彼の家に滞在する更紗でしたが、ある日、自分が「誘拐された」と報道されているニュース映像を目にしてしまいます。

それから2ヶ月後、ふたりで出かけた動物園で文は「誘拐犯」として通報され、その場で逮捕されます。泣きながら文の連行に抵抗する更紗の映像は周囲の通行人たちによって撮影され、ネット上に拡散されてしまうのでした。

更紗はその後、児童養護施設に引き取られ、文とは長らく会えないままに成人します。20代半ばになり、更紗はファミリーレストランでアルバイトをしながら、恋人の亮と一緒に暮らしていました。亮から結婚の話をされ、それを受けるべきか悩んでいた矢先、更紗はアルバイト先の店のほど近くにできた喫茶店で、偶然にも文と再会します。喫茶店のマスターとして店で働く文が、10年以上前に世間を震撼させた事件の「誘拐犯」であるとは誰にも気づかれていない様子。客として来店した更紗の顔を見ても、文が声をかけてくることはありませんでした。

突然の再会に動揺しながらも、支配的な側面を持つ亮との関係に違和感を覚えていた更紗は、かつてのように文と親しく話したいと切望するようになります。誰にも気づかれないよう、ひっそりと文の喫茶店に通いはじめた更紗。世間から「被害者」と「加害者」だと思われている更紗と文の関係は、再会をきっかけに、徐々に変化していきます。

【『流浪の月』の魅力その1】世間の“正しさ”や“常識”に縛られない主人公

『流浪の月』の第一の魅力は、世間が“ふつう”とする正しさや常識に抗おうとする人物たちが書かれている点にあります。

主人公・更紗は小学生時代から一貫して、自分が好きなもの、よいとするものがはっきりしているキャラクターとして描かれています。たとえば、更紗は通学時にはランドセルを使わず、両親に「どれが好き?」と聞かれて自分の意思で選んだ、空色のカータブル(リュックサックのような鞄)を愛用しています。お酒が好きな母親の影響で、着色料を混ぜてカクテルのような美しい色にしたサイダーを飲むことも、時折ふたりにお酒を作ってあげることも日常茶飯事。そういった更紗の生活は、同じマンションに住む大人や小学校の同級生たちの非難の的となってしまいます。

“わたしはすでに変わり者扱いされていた。数人を除いてクラスでは友達がいなくて、授業でグループを組まねばならないときなどは不便を感じていた。
仲間はずれの理由は、変な家の子、だからだ。”

しかし、更紗自身はそれに引け目を感じたり、自分の感覚がおかしいのではないかと疑ったりすることは一切しません。

“お母さんの爪がいつも綺麗な色であることすら、いけないことのように同じマンションのおばさんたちが話していた。どうしてだろう。わたしは綺麗なものが大好きだ。お父さんもお母さんもそうだ。みんな綺麗なものが嫌いなんだろうか。変なの。”

“お父さんとお母さんとわたし、汗をかいたグラスに満たされた薄い緑のエメラルドクーラーとサイダーに光が透けて、夢のように綺麗だ。お父さんとお母さんがやばい人でも、わたしはふたりが大好きで、やばいことになんの不都合も感じなかった。”

周囲から“やばい”と評されるような人物であっても、自分が好きだと思ったらその感覚を信じるという更紗の姿勢は、小学校の同級生たちから“ロリコン”と噂されていた文に対しても同じです。更紗は文の誠実さを信じたからこそ、危険を顧みずに家についていきます。もともとは真面目で世俗に疎い人物だった文は、そんな更紗の自由さ・真っ直ぐさの影響を受け、しだいに世間の“ふつう”から逸れる選択をすることを恐れなくなっていきます

世間や社会の常識に抗い、自分の心が信じる選択だけをし続ける主人公の姿は、読者の目にも痛快で頼もしく映るはずです。

【『流浪の月』の魅力その2】恋愛ではない“大切な関係”を描く

更紗と文の関係が、“恋愛”として描かれていないところも、本作の大きな魅力です。

やさしく誠実な文に更紗は強く惹かれ続け、文も、更紗を誰よりも大切に思っています。しかし、本作ではそんなふたりの関係は“恋愛”ではなく、それよりも大きな信頼関係として綴られます。

大人になった更紗は、恋人・亮との関係に、弱いけれどたしかな違和感を覚え続けています。それは、休日に預かった知人の子どもを「扱いやすそうでよかった」と形容したり、疲れていても性交渉を強要してきたりする亮の発言や言動に、DV・モラルハラスメントの気を感じ取りはじめていたからでした。更紗はそんな亮の手から逃れるために、何度も文の店『calico』に足を伸ばします。

“ぎりぎりまで照明をしぼっているせいで、『calico』の窓はどれも暗い。夜の街のほうが明るく見えるくらいに。その暗さが、わたしは好きだった。ひっそりと静かな海の底みたいな空間。(中略)
ずっと立ちっぱなしでいると、足が固まって感覚がなくなっていく。自分を一本の棒きれみたいに感じる。それでも、わたしはここ以外にいく気がしない。受け入れられなくても、ここがわたしの場所という気がしている。”

たとえ会話はできなくても、文のいる場所こそ“わたしの場所”だと感じている更紗。文も、「してはいけないことなどなにもない」と自分に教えてくれた更紗のことを、誰よりも幸せでいてほしいと想い続けています。

その後、亮に暴力をふるわれた更紗が『calico』に逃げ込んだことをきっかけに、ふたりは再び会話するようになります。家を飛び出した更紗は文の家の隣で暮らすようになり、更紗と文はかつてのように生活をともにするようになりますが、そこには恋愛感情はありません。文は、一度は壊されてしまった更紗との暮らしを、絶対に守り抜こうと決めています。

“ぼくたちに安住の地など、果たしてあるのだろうか。
たとえそんなものがなくても、どこにでもいってやろうとぼくは考えている。”

ふたりの関係は恋愛ではないものの、それよりも強い結びつきであることは明白です。世間には許されない恋愛という、ある種安易なストーリーにふたりの関係を回収せず、より複雑で多様な関係を描こうとしている点こそ、本作の持つ美しさと言えます。

【『流浪の月』の魅力その3】社会の辺境に立たされている登場人物たちの姿

更紗と文の関係に限らず、本作には、社会の辺境と言うべき場所に立たされている人物たちが、数多く登場します。

たとえば、更紗の職場の同僚である安西さんという女性は、ひとり娘・梨花を育てるシングルマザーです。彼女は奔放な男性関係を持ち、歯に衣着せぬ物言いをすることから、職場でもやや浮いた存在です。しかし、だからこそ更紗を「かわいそうな被害者」として見ず、対等にコミュニケーションをとろうとする人物として描かれています。安西さんは日々、シングルマザーへの世間の風当たりの強さを痛感しているからこそ、

“「幸せな人ってたいがい鈍いよね」”

と更紗の気持ちに共感を寄せます。更紗はそんな発言を“雑だ”と感じつつも、彼女を好ましく思います。

また、大人になった文が一時期交際していた女性・谷さんも、病気で胸を切除したことをきっかけに自信を失い、心を病んで、心療内科に通っています。谷さんははじめ、文を追い回す更紗をストーカー扱いしますが、文と更紗との3人の話し合いを経て、自分から文のもとを離れることを選びます。

彼女たちのように、社会のなかで弱い立場に置かれている人や、やさしさ故に自分を責め、心を病んでしまいがちな人たちが本作には登場します。彼ら・彼女らが社会的な承認を得たり、大きく心を回復させるという綺麗事ではなく、 “社会の辺境”にいることは変わらないまま、更紗と文のように、それでもなんとか自分自身の居場所を見つける──という姿が描かれているのが、本作の真摯な魅力です。

おわりに

『流浪の月』の作者・凪良ゆうは、長らくボーイズラブの世界で活躍してきた作家です。凪良はボーイズラブ作品時代から一貫して、世間からは必ずしも是とされない関係にあるふたりの強い結びつきや、“ふつう”に反抗しようとする人々の姿を描いてきました。

本作にも、そんな凪良の持ち味が色濃く出ています。「恋愛」「友情」といった言葉では簡単にはすくい取れない関係を、どこまでも誠実に、繊細なタッチで描く『流浪の月』。映画化をきっかけに本作に関心を持った方も、凪良ゆうの他の作品が好きだった方も、ぜひこの機会に小説を手にとってみてください。

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