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時代を切り取る確かな眼 酒井順子おすすめ4選

2003年刊行の『負け犬の遠吠え』が社会現象となり、第20回講談社エッセイ賞と第4回婦人公論文芸賞を受賞した酒井順子。時代によって変わる女性の生き方や家族のあり方、紀行文などを、独自の切り口でユーモアたっぷりに描くことで人気のエッセイストです。そんな著者のおすすめエッセイ4選を紹介します。

『うまれることば、しぬことば』――流行語に反映される世相を読み解く


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 言葉は生き物だ、とよく言われます。流行語には、時代の空気が反映されると考える著者が、具体例を豊富に挙げ、言葉の栄枯盛衰について考察します。
 例えば、「生きづらさ」を抱えていると、自認する若者が増えたことについてです。

若者が抱きがちな悶々とした気分は、昔は「悩み」という言葉で表現されていたのです。若い頃は誰しも、悩み多き日々を過ごすもの。欝々と悩んでいる若者がいたならば、大人達は「若いから色々あるだろう」と、放置していました。しかし少子化が進むと、子供は貴重品になり、子育ての丁寧化が進みました。若者が悩みを抱くと、大人達はすぐに駆け寄って「ケア」をしてくれる。(中略)悩みを持つ人はかつて、その原因は自分にあると認識していました。悩みを解消するためには、自分で頑張って状況を変えなくてはならない、と。対して、「生きづらさ」という言葉からは、他人や社会のあり方など、生きづらさの原因は他者にある、とするムードが漂っています。

けれど、著者は、「生きづらさ」を周囲のせいにする若者を責めているばかりではありません。それは、自然災害や経済格差など、自己責任ではどうにもならないことも多いため。すが前総理が首相就任後、「自助・共助・公助」という言葉を掲げた際、「自助」という部分に人々が反応したのも、「生きづらさ」を抱える人を突き放すように聞こえてしまったからではないのか、と、著者は考察します。
 他に、「気づきをもらった」という言い方。本来、「気づかされた」でよいものを、わざわざ「気づき」と名詞にすることは、作家・金井美恵子も、違和感があるとしています(著書『お勝手太平記』より)。酒井はさらに、「気づきをもらった」の「もらった」にも注目。「気づき」というプレゼントを他者から「与えてもらった」と言うことで、他者への感謝を示したいという時代の気分に呼応しているといいます。オリンピックにおいて、見た人が、「感動をもらった」、「勇気をもらった」と言うのが定番化したのも、贈答文化が盛んな日本らしい、と。しかし、著者は、こうした言い方は、受け身的で好きではないとのことです。
 これ以外にも、明るく振る舞っているけれど根本の性格は暗いという意味の「根暗ねくら」という言葉が死語になったのは、多様性を尊ぶ現代、「陰キャ(陰のキャラクター。インドア派でネットなどが得意。「陽キャ」・「リア充」の対義語)」が市民権を得たこと、コロナ禍とあいまって「陰キャ」が優勢となったことがあると分析。また、「根暗」という言葉には、「本当の私の姿は、見せかけとは違う」という告白が込められていたが、今の時代、誰もがTPOにあわせて本来の自分とは違うキャラクターに擬態している、というのは、わざわざ言っても始まらない自明のことだから、とも指摘しています。「陰キャ」も、自分の手持ちの仮面の1つとして、いつでも「キャラ変」可能だと考えれば、「根暗」よりずっとライトな言葉だ、とも述べています。
 流行語も百年持てば辞書に載ると言われますが、この中で、後世に残ってゆくのはどんな言葉でしょうか。

『裏が、幸せ』――日本海側の地域こそ、控えめだけれど滋味豊かで美しい。逆説の地誌


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 日本海側の地域を、工業が発展した太平洋側(「表」)に対し、「裏日本」と呼ぶことは、差別的なニュアンスを与えるものとして、今では聞かれなくなりました。けれど、一見地味な「裏」側にこそ、豊かさや美しさは宿っている、というのが本書のコンセプトです。
 金沢の一般家庭で、外車1台分に相当するような値段の仏壇を見て、驚いた著者。ほの暗い日本家屋のなかで見る金箔の美しさに、谷崎潤一郎の『陰翳いんえい礼讃らいさん』に通じる世界を見、富山の「おわら風の盆」祭りの、笠を深くかぶって踊る女性に、「秘すれば花」の色香を感じます。外へはひけらかさなくても、内に向かう自己充足感が強い地域性に気づき、北陸3県の幸福度指数が高いことにも納得したといいます。湿潤で日照時間が少ないゆえ、色白美人が多いこと、文豪・泉鏡花や室生むろうさいせいを生んだ、冷たく澄んだ空気や絶景など、「裏」の魅力を再発見していく様子が楽しく綴られますが、福井県の大飯おおい原発を訪問した際の著者の筆は、内省の色を帯びています。そして、この地を故郷とする直木賞作家・故水上みずかみつとむがどのように捉えていたか、丹念に追っていきます。もし、若狭わかさで原発事故が発生し、避難命令が出ても、放射能まみれの住民を、他所で受け入れてもらえるとは思えない、と、水上は憂いていました。

福島での原発事故の後、避難した福島の人がつらい目に遭ったという話は、いくつも聞きました。福島ナンバーの車に石が投げられた、子供がいじめに遭った……。水上の不安は、的中しています。

 福島や福井でつくられた電気を、大量に消費しているのは、東京や京阪の人なのに、いざ原発で事故が起これば、そこの地域の人を差別しようとする、電力を使用する側の身勝手さ、冷酷さを、早くから指摘していた水上の先見性に、著者は敬意を示しつつ、水上がつくった「若州一じゃくしゅういってき文庫」に掛けて、この章を次のように結んでいます。

 日陰でそっと咲く「隠花」が好きだと、かつて水上は書いていました。日を当てれば喜ぶ花ばかりではない。煌々こうこうと電気で照らせば人が幸せになるわけではない。文明を発展させ続けるよりも、心の豊かさの「一滴」を大切にするべき時代が来ているのではないか。そんなことを訴え続けた水上は、今もどこかから原発のことに思いを寄せつつ、「裏のままでもいいのだよ」と、言っている気がしてなりません。

 2022年3月、東京電力と東北電力管内に初めて出された「電力需給逼迫ひっぱく警報」による節電の要請が求められる今こそ、読みたい1冊です。

『男尊女子』――男女平等は、女性を幸せにするか? 社会に残る男尊女卑を徹底考察


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 男女平等と言われて久しい現在。あからさまな女子差別はなくなりましたが、それは建前ばかりかもしれません。
 妻が夫の下着を洗濯するのは当然でも、その逆は抵抗がある。息子の彼女が、親の前で息子を呼び捨てにしたのに、モヤっとした……。真にジェンダーフリーが達成しているのなら、何とも思わないはずなのに、気になってしまうというのは、男尊女卑の思想が残っている証拠かもしれません。
 例えば、東大女子。在学中に同じ東大で彼を見つけなければ一生結婚できないかも、という悩みがあるようです。女子学生が全体の20%弱と少ない東大では、2017年、地方出身の女子学生に最大2年、家賃3万円を補助する制度を始めましたが、それで問題が解決するか、著者は懐疑的です。

東大に女子学生が少ないのは、非モテの問題も関係しているのかも。地方からわざわざ東大に入ったのに、能力に磨きがかかればかかるほど非モテに……ではつらい。能力という爪を隠しながら地元で普通に過ごした方が幸せかも、と思う人もいるでしょう。

 他に、夫を「主人」と呼ぶことは、夫への従属を意味するとして、今後は減少していくと思われていたのが、ここに来て、若い女性を中心に、「主人」が復権しているとのこと。

 今「主人」と言う女性達は、「言わされている」のではなく、好きで言っているのです。「主人がね……」と言う、その嬉しそう&誇らしそうな表情を見ていて私が気づいたのは、「『主人』っていう言い方は、一種の自慢なんだ!」ということ。「ウチは、夫1人の収入でもじゅうぶん」というアピール。今、専業主婦は特権階級です。妻子を養うだけの稼ぎを持つ夫を得られるのは少数派。

 男尊女卑をしているのは、男側ではなく、女側なのかもしれないという著者の指摘は鋭いものです。それは、男女平等が女性を幸せにしないと、女性たちが薄々気づいているからではないか、というのです。平等を徹底するなら、男性への逆差別もやめるべきで、極端な話、災害時、「レディファースト」せずに、我先に逃げようとする男性や、1円単位まで割り勘にする男性を責められなくなるでしょう。普段は平等を振りかざしておいて、いざとなったら男性に守られたいという都合のよい考えは、通用しないのではないか。口先だけの「ジェンダーフリー」の奥に潜む課題をあぶり出した、痛快作です。

『おばさん未満』――もう若くはないアラフォー女性。若者ぶって、「イタい」と言われないための心得とは


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 いつまでも若々しいことが美徳とされる現在。気づけばアラフォーになっても気分は20代のまま、服装、化粧、心の持ちようなど、若い頃の感覚が抜けきらない人が増えたといいます。もう若者ではないが、まだおばさんとは呼ばれたくない「中年初心者」に向けた指南書です。
 まずは、服装。若い頃より、綿素材のシャツが似合わなくなったことに気づいた著者。

 木綿特有のカジュアルさは、肌がツルリと張っているからこそ、生きるもの。上質な肌を持っている時は、身につける生地の質はさほど上質でなくとも大丈夫ですが、肌の質が下がるのと反比例するように、生地の質は上げなくてはなりません。肌がザラっとしてきたら、ツルリとした艶のある絹が似合うように。

 他に、若い人に流行っているベージュの口紅を塗ったら、「顔色が悪い」と心配された、晩婚の友人の結婚式に招待され、黒ドレスを着てみたら、若い頃はおしゃれだったのに、今は喪服に見えた、ポニーテールの後れ毛は、以前は可愛かったのに、今や生活感丸出しに見える、膝の見える丈のスカートやロングヘアの止め時はいつか、など、著者の経験をもとにした考察には、心当たりのある人も多いはず。
 また、行動面では、アラフォー女性が数人集まっての外食は要注意、といいます。

加齢による大声化の背景には、「自分を客観視できなくなる」という事情も、関わってくるのでは。女が3人寄ればかしましい、と言いますが、その姦しさは、中年期になるとぐーんと増してくるもの。ですから私は最近、女だけの集まりというのが、恐いのでした。あまりの大声の応酬っぷりに、「このグループの一員だとは思われたくない」と。さらに言うなら、中年女の団体というのは、店自体を格好悪く見せてしまう客なのです。この年頃の女性というのは、1人1人を見るとそれぞれ頑張っていて、「そんなに歳でもない……のかな?」と思わせることもあるのですが、束になってみると、個々が持っている老け具合が一体化してしまう。

 しかも、そこで語られる内容は、夫とのセックスレスだったり、アイドルの追っかけだったり、場の雰囲気を損ねてしまうことも往々にしてあり、著者は、同年配の女性のみでの団体行動は慎んでいるとか。
 他に、若い世代との接し方(正しい叱り方、IT機器が分からないときの対処法など)や性愛の問題、歳をとった親との付き合い方など、身につまされるトピックスが満載です。

おわりに

 日々の暮らしの中で感じる、些細だけれど、見過ごせない違和感の正体を突き止め、的確に言語化する酒井順子のエッセイは、まさしく「痒い所に手が届く」内容です。心のなかでくすぶっている感情も、言語化されることで解消されることは多いもの。読めば楽しく、溜飲が下がること、間違いなしです。

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