本との偶然の出会いをWEB上でも

大人にこそ読んでほしい 絵本作家シルヴァスタインのおすすめ作品5選

シェル・シルヴァスタインという絵本作家がいます。彼はアメリカ・シカゴに生まれ、シンガー・ソングライターでありながら絵本も描くというマルチな人物。日本では1976年に出版された『おおきな木』で一躍有名に。その作風は哲学的で、大人にとっても響くものが多い作品になっています。自分を見つめる鏡として、または人生に疲れたとき、ふっと立ち返る場所として、絵本の世界を覗いてみませんか?

絵本作家 シルヴァスタインのおすすめ作品5選

 

足りない何かを求めるあなたに――『ぼくを探しに』

41MHZQ32QJL
https://www.amazon.co.jp/dp/406112983X

何かが足りない
それでぼくは楽しくない

足りないかけらを
探しに行く

ころがりながら
ぼくは歌う
「ぼくはかけらを探してる
足りないかけらを探してる
ラッタッタ さあ行くぞ
足りないかけらを探しにね」
(引用:シルヴァスタイン作 倉橋由美子訳『ぼくを探しに』,講談社)

『ぼくを探しに(原題:The missing piece)』は、1976年(日本では1977年)に出版された絵本。刊行から50年を経たいまでもなお、こどもから大人まで幅広い年代に読みつがれている1冊です。

主人公の「ぼく」は表紙にも描かれている。ただし一部が欠けていて、完全な丸ではありません。この「ぼく」が歌い、転がりながら、その欠けた自分にぴったりはまる「足りないかけら」を探しに行きます。時には立ち止まってミミズとお話したり、花の香りを嗅いだり、てんとうむしとおいかけっこしたりしながら。旅を続けるうち様々なかけらに出会う「ぼく」は、やがて自分にぴったりのかけらを見つけるのですが……、果たして足りないかけらを埋めた「ぼく」が見つけた「楽しい何か」とは何だったのでしょうか。日々の生活に「なにか足りない気持ち」を覚える人に読んでほしい絵本です。

 

ちびっこから青年、大人、老人へ。成長する「ぼうや」をその木はずっと見つめていました――『おおきな木』

81YvnNmJXML
https://www.amazon.co.jp/dp/4751525409

ちびっこは きが だいすき…
そう とても だいすき。
だから きも うれしかった。

けれども ときは ながれてゆく。
ちびっこは すこし おとなになり
きは たいてい ひとりぼっち。
(引用:シェル・シルヴァスタイン作絵 ほんだきんいちろう訳『おおきな木』,篠崎書林)

『おおきな木(原題:The giving tree)』は、シルヴァスタインの作品で最初に日本で翻訳された、最も有名な作品です。1976年に初めて訳されて以降、今日までに3種類日本語訳版が刊行され、世代を超えて読まれています。

りんごの木少年はとてもなかよし。少年は毎日木のもとにやってきて枝にぶら下がったり、かくれんぼうをしたりして一緒に遊びます。少年はりんごの木のことが大好きでした。しかし少年も大人になり、次第にりんごの木のもとを訪れることはなくなってしまいました。ある日りんごの木のもとにひょっこり来た少年は、もう幹に登ることも枝に登ることにも興味を失っていました。「おかねがほしいんだ」、そういう少年にりんごの木は自分の持つ全てのりんごを与え、これを売るように言います。なんどもなんども、りんごの木は自らの身を削りながらも少年に持つものすべてを与えます。りんごの木はそれがうれしく幸せだったのです……。りんごの木の与える無償の愛と無邪気にそれを享受する少年、ふたりのコミュニケーションに胸打たれる1冊です。

1976年刊の本田錦一郎訳が最も有名ですが、現在最も入手しやすいのは2010年刊の村上春樹による訳です。本田版はより詩的に、村上版はより小説的に訳されているなど、表現の細かな違いや訳者による解釈の異なりも楽しめるため、読み比べてみるのもおすすめです。

 

「かけらはひとりじゃ転がれないんだ」――『ビッグ・オーとの出会い 続・ぼくを探しに』

41HKV1V60HL
https://www.amazon.co.jp/dp/4061133225

かけらはひとりで坐っていた

誰かがやってきて
どこかへ連れていってくれないか
と待ちながら
(引用:シルヴァスタイン作 倉橋由美子訳『ビッグ・オーとの出会い 続・ぼくを探しに』,講談社)

1冊目に紹介した『ぼくを探しに』「欠けた部分のある丸」が主人公だった一方で、本作『ビッグ・オーとの出会い 続・ぼくを探しに(原題:The missing piece meets the BIG O)』では、その探していた「欠落したかけら(the missing piece)」に焦点が当てられた作品になっています。

かけらはずっと一人で自分にぴったりはまる欠けた一方が現れるのを待っていました。けれどかけらの前に現れたある者は転がれず、またある者は転がれどはみだし……、自分にぴったりの者はなかなか現れません。自分を魅力的に飾ってみても、けばけばしくアピールしてみても……。やがてせっかく見つけた者もうまくいかず、かけらのもとを去ってしまいます。ひとりで過ごすかけら。しかしある日、完全な丸「ビッグ・オー」がかけらの前に現れます。ただしビッグ・オーは欠けのない丸、かけらの入る場所はありませんでした。かけらを必要としていないと伝えるビッグ・オーですが、同時にかけらにある提案をします……。

大人になるのは難しく、人が変わるのも難しい。飾らない自分として誰かと生きるのはもっと難しい。けれど私は変われない。かけらという形で生きる彼にとって、生きることはそんな苦難の連続だったのかもしれません。しかしそれは本当に変えられないのでしょうか。持って生まれた形のまま生きなければいけないのでしょうか。そんな難しさを感じている人に読んでほしい絵本です。

 

ユーモアあふれる詩の数々――『歩道の終るところ』『屋根裏の明かり』

歩道の終わるところ 屋根裏の明かり
https://www.amazon.co.jp/dp/4061129740,https://www.amazon.co.jp/dp/4062000202

リッキーがLだけど風邪でねてる
リジーがOだけど宿題でしょう
ミッシェルのEは迷子みたい
それでLOVEのうち今日来られたのは結局あたしのV
(引用:シルヴァスタイン作 倉橋由美子訳『歩道の終わるところ』より「LOVE」,講談社)

『歩道の終るところ(原題:Where the Sidewalk Ends)』『屋根裏の明かり(原題:A Light in the Attic)』の2冊は、シルヴァスタインによって描かれた詩画集です。シルヴァスタインによる1コマ漫画のような絵1篇の詩言葉遊びが添えられたもので構成されたシンプルな形式です。ページをめくるたび私たち読者は、その独特な絵と詩が織りなすナンセンスでユーモアに満ちた詩の世界に誘われるようで、皮肉な言い回しや不条理な展開はイギリスのマザーグーズを彷彿とさせます。

英語の詩は押韻や語呂合わせをふんだんに使った表現が多くあるため、翻訳が難しいものもありますが、この本はどちらも日本語で読んでもとても楽しく読めるように訳されています。もちろん見て楽しめる絵も盛り沢山なので、シルヴァスタインの絵をもっと見てみたいという方にもおすすめです。

 

おわりに

シルヴァスタインの作品は、わたしたちの人生考え方をも振り返らせるようなものが多く、刊行から数十年経た今なお多くの子どもたち、そして大人たちに読みつがれている作品ばかりです。もしあなたが迷って立ち止まった時に、いつでもこの絵本に戻れば勇気をもらうことができます。ここで紹介した絵本があなたにとってそんな存在になるとよいですね。

記事一覧
△ 大人にこそ読んでほしい 絵本作家シルヴァスタインのおすすめ作品5選 | P+D MAGAZINE TOPへ