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【『夏への扉』ほか】夏に読みたいSF小説3選

夏は、大人になった私たちにも高揚感と焦燥感を思い出させてくれる特別な季節です。そんな季節にぴったりなのが、若者を主人公とする「SF小説」。今回は、夏に読みたいおすすめのSF小説を3作品ご紹介します。

夏がくると、幼いころや学生時代のことを思い出してノスタルジックな気分になる─という方は多いのではないでしょうか。夏は、大人になった私たちにも高揚感と焦燥感を思い出させる特別な季節です。

そんな夏には、若者の冒険と葛藤を描いたSF小説がぴったり。今回は、タイムトラベルSFの傑作である『夏への扉』(ロバート・A・ハインライン)を始め、夏がくるたびに読み返したくなるような、とっておきのSF小説を3作品ご紹介します。

『夏への扉』(ロバート・A・ハインライン)


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/415011742X/

『夏への扉』は、アメリカのSF作家、ロバート・A・ハインラインが1956年に発表した長編小説です。ハインラインはアイザック・アシモフ、アーサー・C・クラークと並んでSF界のビッグ3とも呼ばれた巨匠で、『月は無慈悲な夜の女王』、『異星の客』、『宇宙の戦士』といった多彩な作品群はいまもなお、世界中のSFファンから傑作として愛されています。

『夏への扉』の舞台は1970年の冬。主人公のダンは非常に優秀なエンジニアで、家事用ロボット「文化女中器(ハイヤード・ガール)」を始めとする多数の発明品の特許を持っている男です。ダンは親友であるマイルズと会社を興して成功し、美人秘書のベルという女性と婚約するなど幸せの絶頂にいました。しかしダンは商品開発の方針をめぐってマイルズと仲違いをし、さらにはベルに裏切られて会社を追い出され、一度にすべてを失ってしまいます。

そんなダンの唯一の理解者とも言える相棒が、飼い猫のピート。作中では1970年にはすでに冷凍睡眠(※人体を低温状態に保ち、時間経過による老化を防ぐ装置)が実用化されており、失意の底にいたダンは、ピートとともに冷凍睡眠で30年間の眠りに就くという決意をします。ダンは眠りに就く直前になってやはりマイルズとベルに復讐をしようと思い直しますが、返り討ちにあい、ピートが行方不明となったままで強制的に冷凍睡眠に送られてしまいます。

そんなダンが目覚めた30年後、誰も自分のことを知らない2000年の世界で、生きることに奔走する──というストーリーです。

冷凍睡眠によるタイムトラベルを題材にしている点、家事をすべてこなしてくれるロボットやワープロといった近未来のテクノロジーを描いている点など、『夏への扉』が書かれた1950年代には非常に先進的であった発想が、現代を生きる私たちにはありふれたものとして映ってしまうという側面もあるかもしれません。しかし、本作の軽妙洒脱な文体と主人公・ダンの憎めないキャラクターは、それ以上の魅力で読者の心を掴みます。

特に素晴らしいのは、本作のタイトルにもなっている『夏への扉』をめぐる冒頭の描写。ダンとピートが住むコネチカット州の古い家には外に通ずる扉が11もあり、ピートは冬が来るたびにそのドアのすべてを開けろとせがんでくる──。そんな、夏という季節への期待と焦燥感を想起させるロマンティックな文章から物語が始まるのです。

彼は、その人間用のドアの、少なくともどれかひとつが、夏に通じているという固い信念を持っていたのである。これは、彼がこの欲求を起こすたびに、ぼくが十一カ所のドアをひとつずつ彼についてまわって、彼が納得するまでドアをあけておき、さらに次のドアを試みるという巡礼の旅を続けなければならないことを意味する。そしてひとつ失望の重なるごとに、彼はぼくの天気管理の不手際さに咽喉を鳴らすのだった。(中略)そして1970年12月の3日、かくいうぼくも夏への扉を探していた。

この冒頭の数行を読んだだけで、ハインラインが描く世界の虜になってしまう人は少なくないはずです。前述の通り本作は1970年の冬に始まる物語ですが、“夏への扉”を夢想するダンとピートの描写は冒険が始まる前の高揚感に溢れており、真夏に読むのにもぴったりの不朽の名作です。

『サマー/タイム/トラベラー』(新城 カズマ)


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4150307458/

『サマー/タイム/トラベラー』は、SF作家、ライトノベル作家の新城カズマによる長編SF小説です。新城は本作で2006年に第37回星雲賞 国内長編部門を受賞しています。

物語の舞台は、小さな城下町である架空の地方都市・辺里ほとり。主人公である「ぼく」は、春に入学したばかりの高校のマラソン大会で、幼なじみの悠有ゆうがゴール地点に着く瞬間に“3秒間だけ”未来に跳んでしまい、ゴールテープを切ることなくゴールをするという奇妙な現象を目にします。その年の夏、悠有ゆうが“時間を跳んだ”ことに興味をそそられた「ぼく」の友人・饗子や涼たちを中心に「時空間跳躍少女開発プロジェクト」なるプロジェクトが始まり、「ぼく」はそのプロジェクトに巻き込まれていく──というのが本作のストーリーです。

「ぼく」を始めとするプロジェクトメンバーたちは、個性的な切れ者ぞろい。「ぼく」は偏差値70の県立高校に通う読書家で、プロジェクトの中心人物である饗子は県内随一のお嬢様高校に通う美少女、コージンは辺里で知らぬ者はいないほどの超有名人、涼は文武両道でお金持ちの家の息子でありながら、饗子に頭が上がらない──など、実に癖の強い高校生たちの集まりなのです。

そのうち、コージンは薄目をあけた。
「『伝奇集』かよ」
それからさらに、しばらく間をおいて、
「面白えのか。それ」
「まあね」ぼくは答えた。「『円環の廃墟』とか」
「ふん」そういってから、やつはまた目をつむった。「わかってねえのな。『トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス』だぜ。一番は」
ぼくは本を机に伏せて、やつの寝顔をじろじろと見つめた。
なにしろ、表紙の文字をほんの一瞬見ただけで、それがボルヘスの(しかもスペイン語版の)短編集だと読み取れる同世代の人間を、初めて発見したのだ。

彼らの会話はこんな風にきざで鼻につく一方で、愛らしくもあります。

本作の魅力は、そんなやりすぎとも言えるハイスペックなキャラクターたちが、大人顔負けの熱量で悠有を未来に跳ばすという非現実的な目標のために奔走するところに尽きます。プロジェクトのアジト的な場所として「夏への扉」という名の喫茶店が登場するなど、古今東西、さまざまなSF作品へのオマージュや言及が見られるのも、SFファンならばニヤリとしてしまうところです。

また、辺里という小さな地方都市に暮らす「ぼく」たちが抱える閉塞感も巧みに表現されており、10代の夏特有の、全能感と鬱屈とした気分の混じったノスタルジーを存分に感じられる作品です。

『裏山の宇宙船』(笹本祐一)


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/448874107X/

『裏山の宇宙船』は、『ARIEL』などの大ヒットシリーズを持つSF作家・シナリオライターの笹本祐一による長編SF小説です。

本作の主人公は、『サマー/タイム/トラベラー』と同じく、田舎町に暮らす高校生の文。彼女は期末テスト最終日の朝、犬の散歩をするために訪れた自宅の裏山で、怪しげな黒い物体が土砂崩れの現場に埋まっているのを発見します。

文は、廃部の危機に瀕している「民族伝承研究会」の会長でした。町内に古くから伝わる「河奈見かわなみ天人伝説」の研究をおこなっていた文は、この黒い物体は天人伝説で天女が乗っていたとされる“岩舟”に違いない、それを発掘して文化祭で展示すれば部が存続できるのは間違いない──と主張します。

「それでは、次期文化祭に向けての、民族伝承研究会の研究テーマを発表します」
文は、ここぞとばかりに胸を張った。
「江戸時代、寛永年間に河奈見町のどこかに堕ちたはずの天女の岩舟の調査、捜索。うまくいけば現物を見つけて文化祭に展示するのよおおお!!」
開け放した窓の外から、校庭で駆け足でもしているらしい体育会系男子の野太いかけ声が流れ込んできた。
文は、静止状態に陥った聴衆の顔を見渡した。……なんの反応もない。
「……聞こえた?」

ほかの部員たちは半信半疑でしたが、会長命令に従わざるを得ず、休みを謎の物体の発掘作業に費やすことになります。始めは嫌々だった部員たちも、退屈な毎日から脱却したいという気持ちと文の情熱に影響を受け、しだいに発掘作業に熱を上げていくのです。

SF要素は非常にライトな作品ですが、本作の最大の読みどころは昭和を感じさせる夏の描写と、ひと夏の冒険に情熱を傾ける高校生たちの爽やかさ。アスファルトに照りつける日差しや裏山の暑さ、夏休みの部室と期末テスト前の憂鬱な雰囲気──といった夏らしい空気を、目一杯に浴びることができる物語です。ポップかつすこし懐かしさも感じさせる文体は読者を選ぶかもしれませんが、夏を舞台にした王道の青春ものを読みたい方には一押しの一作です。

おわりに

大人になると、子どもの頃の夏休みのような長期休暇はなかなかとれないもの。だからこそ、もう二度と味わうことのできない子ども時代の夏を思い出したり、いつか体験するはずだった“憧れの夏”に思いを馳せるためのきっかけとして、夏という季節にはいつもより本が読みたくなるのかもしれません。

今回ご紹介したSF小説は、タイプは違えど、どれも読み手に“憧れの夏”の空気を味わわせてくれる傑作ばかりです。家の中でも冒険の高揚感を味わえるような3作品に、ぜひ手を伸ばしてみてください。

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