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伊集院静『読んで、旅する。旅だから出逢えた言葉Ⅲ』――ロシアの息子よ いったい なにがきみをウクライナの戦場へおもむかせたのか?

伊集院静の人気シリーズ「旅だから出逢えた言葉」第3弾が刊行。世界中を旅し続けてきた著者が各地で出逢ったことを、ふと心に響いた言葉で綴ります。そこには、「旅」と「戦争」への想いも。人生に示唆を与えてくれる、珠玉の紀行文集です。

旅先で心を打たれた言葉の数々を旅のエピソードとともに綴る

 長引くコロナ禍に加えて、ウクライナへのロシアによる軍事侵攻とめまぐるしく変化する世界情勢によって、「旅」は以前のように容易なことではなくなってしまいました。
 
そんな中刊行された、伊集院静氏の『旅だから出逢えた言葉』第3弾。本書は、かつて1年の大半、国内外を旅して過ごしていたと語っていたほど、こよなく旅を愛する氏が、旅先で出逢い、心に響いた数々の言葉について綴った珠玉の紀行文シリーズです。

ダイナースクラブの会員向け会報誌『シグネチャー』に、10年以上にわたって連載されていた中から、今回はスペイン、フランス、イギリス、イタリア、アメリカ、中国、韓国、そして日本から、41話をセレクト。旅先で出逢った人のさりげない「ひと言」や著名人の「言葉」を旅のエピソードとともに紹介しています。ゴヤ、ミロ、モネ、セザンヌ、ターナーといった画家、マイク・タイソン、セベ・バレステロス、ボビー・ジョーンズ、長嶋茂雄、松井秀喜、松山英樹といったスポーツ選手に加え、ナポレオン、ヒットラーといった「権力者」や「戦争」にまつわる「言葉」も綴られています。

ナポリの息子よ いったい なにがきみをロシアの戦場へおもむかせたのか?
 (ロシアの詩人 ミハエル・スヴェトロフ)

<映画の中で、主人公の男が雪原で死にかけていたのを若いロシア娘が懸命に救い出すシーンがある。スターリングラードの大攻防戦のあった場所だ。ここに記念碑が建っていて、そこにロシアの詩人、ミハイル・スヴェトロフの詩が刻まれている。
“ナポリの息子よ いったい なにがきみをロシアの戦場へおもむかせたのか? 
 ふるさとの青い海岸できみはしあわせではなかったのか?“
(『ひまわり』チェーザレ・ザパッティーニ著 一瀬宏訳 1974年 講談社刊より)
兵士の胸の中にはいつも故郷の風景がある、という言葉は真実のようだ。>

これは、イタリアのフィレンツェを訪れた時のエピソードとともに綴られています。

イタリア映画『ひまわり』といえば、ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニという2大スターが共演し、日本でも大ヒットとなった名作。第二次世界大戦でロシアに出征した夫と帰還を待つ妻が、戦争に翻弄されながらも力強く生きていく切ない物語です。
奇しくも、この映画はウクライナ・キエフから500キロに位置するヘルソンで撮影され、そのひまわり畑の美しさとくり返し流れる作曲家ヘンリー・マンシーニのテーマ曲があまりにも有名です。

その不朽の名作のロケ地が、いま再び戦火に覆われていることはあまりにも悲し過ぎる現実であり、上官の命令ひとつで、ロシアから送り込まれた若き兵士たちを思うと、心が痛むばかりです。

戦禍にある人々に思いを馳せる言葉の数々

女性が立ち上がった戦いは真の戦いになるものよ  (コルシカ島のホテルの女主人)

ナポレオンの生まれたコルシカ島を訪れた時のエピソードとして、以下のものがあります。

<ナチスドイツにパリが占領されていた時、レジスタンスとしてナチスに抵抗を続け
た勇敢な人たちの中に“マキ団”と呼ばれる人がいて、その一員にあの女主人がいたことを知った。「女性が立ち上がった戦いは真の戦いになるものよ」彼女の言った言葉の奥底にあるものが、その時、初めてわかった。
戦争は愚行でしかないが、辛苦の時に人の生き方は試されるのだろう。>

銃を持つロシア兵に対し、何も持たず、向かっていく老女の姿をニュース映像で見る度に
この言葉が心に響きます。

パリは燃えているか  (アドルフ・ヒトラー)

伊集院氏は、またパリを訪れた際も、以下のように綴っています。

<「“パリが燃えているか”と言ったのは、あのヒトラーだよ。電話ではなくて電報で打たれた言葉だ。相手はヒトラーがパリ破壊のためにわざわざさしむけたコルティッツ将軍だ。しかもその電報はパリのレジスタンスの人々で回線が寸断されていたから実際には届かなかったんだ」
「電報が届かなかったおかげなんですね」
「いや、そうじゃなくて電報が打たれたのは連合軍がパリ進入の時だから、そのコルティッツにパリを破壊する気がなかったんだよ」
(中略)
1944年8月7日、ディートリッヒ・フォン・コルティッツ将軍はヒトラーに呼ばれた。彼は以前、この総統に一度逢っていたが、その時の印象は楽天的で明るい人物だと思った。
ところがその日、目の前にいた人物はまったくの別人だった。
(中略)
彼は回顧録の中で語っている。(いろいろ戦況のことを話した後、話が暗殺事件に及ぶとヒトラーは逆上してわめきたてた)
~もう疑いようもない。私の目の前にいるのは狂人だった~
(中略)
~私は最初から誠実な軍人として可能な限り、私の権限が及ぶ限り、住民とパリという優美な都市を苛酷な目に遭わすまいと決意していた~
この時期にパリ占領軍の司令官がコルティッツであったことはパリにとって幸運であったのだろう。
旅をしていて、美しい都市というものはそれ自体が不思議な力を持っていると感じることがある。パリも京都もまさにその典型ではなかろうか。>

ウクライナの美しい都市と人々が破壊されないことを、心から願うばかりです。

また自由に旅ができる世界を

伊集院氏は一昨年、くも膜下出血という大病をし、二度の手術を経た後、奇跡の復活を果たしています。とはいえ、以前のように自由に旅するということができる状況には戻っていません。
 しかし、本書の中で氏は、

――やはり、叶うとすればバルセロナに行ってみたいかもしれない……。(中略)バルセロナで何を? できればモンジュイックの丘を訪ね、ミロファウンデーション美術館に行き、“ブルー”と題されたミロの作品をゆっくり鑑賞すれば、これまでに気付かなかったことに気付くかもしれない。

と綴っています。
 
近い将来(であることを願いますが)、アフターコロナの「旅」をすることによって、どのようなことを感じるのかは、その時になってみないとわからないことなのかもしれません。しかし、誰しも、おそらく以前とは全く違った風景を見て、新たな世界を感じることになるに違いないでしょう。

おわりに

 「旅は読書と似ているところがあり、初めて読んだ時はその本に書かれてあることが明確に見えないが年を隔てて読み返すと、思わぬ発見があるものだ。人生の経験(失敗でもいいが)を積まないと見えないものは世の中にたくさんある」(文庫版『旅だから出逢えた言葉Ⅱ』より)。

と綴られている通り、人類は「旅」と「読書」(学ぶこと)することによって、謙虚に真摯に「思わぬ発見」をし続けなければいけないのでしょう。

また、大病からの復帰後、初めての刊行となった小説『ミチクサ先生』のなかに出てくる不治の病に冒されている親友・正岡子規に夏目漱石が送った「見つゝ行け旅に病むとも秋の不二」という句や、またその正岡子規が残した「六月を綺麗な風の吹くことよ」という句も自らのエピソードとともに綴っています。

 さらに、連載スタート時から絶妙なコラボレーションが人気だった故・長友啓典氏のイラストもカラーで多数収録。
かつてのように、ふらっと自由に旅に出られる日がいつの日か訪れることを楽しみにしつつ、いまは読んで「世界」に想いを馳せてみるのは、いかがでしょうか。

【書籍紹介】

伊集院静『読んで、旅する。旅だから出逢えた言葉Ⅲ』

 
https://www.shogakukan.co.jp/books/09388849

伊集院静『旅だから出逢えた言葉』

https://www.shogakukan.co.jp/books/09406391

伊集院静『旅だから出逢えた言葉Ⅱ』

https://www.shogakukan.co.jp/books/09407024

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