本との偶然の出会いをWEB上でも

内なる倫理を問い続けてきた作家 山田詠美 おすすめ4選

1987年、『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で第97回直木賞を受賞し、芥川賞選考委員を長年務める山田詠美は、大人の恋愛小説の名手であり、名エッセイストとしても人気です。既存の社会規範とは異なった視点から、モラルとは何かということを描き続けてきました。そんな著者のおすすめ小説とエッセイ4選を紹介します。

『吉祥寺ドリーミン ~てくてく散歩・おずおずコロナ~』――コロナ禍の今、著者が気になる言葉とは? 最新エッセイ


https://www.amazon.co.jp/dp/4093965536

 コロナ禍における世相や、引っかかる言葉遣いなどについて、歯切れよく綴ります。
 某政治家が、環境問題について、「楽しく、クールに、セクシーに取り組むべきだ」と発言したのを受け、

政治って言葉だと思ってるんですよ。どんなに政治家としての才覚があろうとも、言葉に対するセンスやデリカシーがなければ、その座を追われてしまうのです。しかし、もっと、駄目なのは、いかにもセンスやデリカシーがあるように装って、実は、具体的なポリシーが何もない場合。(中略)「明るい未来への希望」なんて、いくら連発しても何の役にも立たないよ。そこには、何の言霊ことだまも宿っていない。

と述べています。
 職業柄、言葉の使われ方が気になって仕方ない、「言葉の小姑」を自称する著者。「個人的には」というのを、「ぼく的には」と言う、「~させていただく」という過剰なへりくだりが多用される、ステイホームが定着した今、自分の家を大の大人が「おうち」と言う……、等々に違和感があるとのこと。
 また、メディアで、不倫した夫に代わって妻が公に謝罪し、それを「出来た奥さん」と称賛すること、被災者に対して「寄り添う」という言葉が多用されるも実態を伴わないこと、テレワーク出来ない職種に就いている人は下級といわんばかりの風潮への憤りなどは、読者の溜飲が下がる箇所でしょう。
 他に、同時代の作家への思いも綴られています。泉鏡花文学賞の選考会で同席した作家・金井美恵子のことを、「作家が憧れる作家」として、

“膨大な知識と教養が金井さん御自身の中でチャーミングによじれて独自の層を成している。そこから生まれる楽しくて辛辣で美しい言葉の数々。しかも、お酒が強い! 格好良すぎますよ、もう! 後で合流した夫も、あれぞ文学者って感じだなあ、と感に堪えない様子でした。”

と綴っており、文学好きにもうれしい1冊です。

『4Unique Girls 特別スペシャルなあなたへの招待状』――世間に迎合せず、独自のものの見方が出来る「ユニーク」な女性になるために


https://www.amazon.co.jp/dp/4344427084/

 主にアラサー女性へ向けて、仕事上のマナーや世の中への思いを綴った作品です。
 例えば、「挨拶は最大の防御なり」の章。今、不審者対策として、知らない人に会っても挨拶してはいけないと、子どもに教える人がいることに、首を傾げざるを得ないとか。

 アフリカ系の前夫は、ニューヨークはブロンクス地区の出身。里帰りで、そこを訪ねる時、夫は、しつこいくらいに私に言い聞かせたものだ。
 「敷地内で住人に会ったら、相手にはっきり解るように笑顔を作り、愛想良く大声で挨拶をするように」
 何故か。自分はあなたに敵意を持っていません、と知らしめるためである。つまり、こちらの身の安全のためね。挨拶と笑顔であらかじめホールドアップとプロテクションの役目をするのである。

 他に、微笑ましい自慢と見苦しい自慢の境界線、インタビューに来た新顔の記者から「以前より痩せられましたね」と何度も言われ、ほめ言葉のつもりでも、初対面の女性に体型のことを話題にすることの是非、縁結びの神様・出雲大社で「年収5000万以上のイケメンと結婚できますように」と、実名入りで書かれた絵馬について……、などを、考察しています。
 言葉への鋭い感性は、ここでも健在。「妊活」「パパ活」など、なんでも「~活」にしてしまうことへの嫌悪、公の場で、自分の母のことを「私のお母さんが……」と話す若者の稚拙さ、スーパーの店員の過剰に丁寧な話し方(牛乳パックを買い、袋詰めしてもらう時、店員がパックを横倒しするのに、「御飲み物をお寝かせしてもかまいませんか?」と尋ねた)へのおかしみ。
 著者があとがきで、「私はこう思いますが、あなたはどう思いますか?」と考えるきっかけになれば、と述べているとおり、考えさせられるトピックスが満載です。

『賢者の愛』――父と、初恋の人。2人の大切な男性を奪った女友達に対する、想像を超えた復讐の方法とは


https://www.amazon.co.jp/dp/4122065070/

 真由子は高中家の1人娘。医師の家系に生まれ、医師の母と出版社勤務の父から多くの愛情を注がれ、経済的にも文化的にも恵まれて、天真爛漫な少女に育ちました。

(真由子は)恵まれていることが常に日常に組み込まれていたので、意識したことすらありません。ある者にとっては、その恵みが喉から手が出そうなくらいに欲しいものであるとは、想像もつかないのでした。そう、育ちが良いとは、そういう喜ばしい鈍感さを言うのです。

 真由子は、やっかまれ、いじめられます。その時、1人だけ味方をしてくれのが、隣に越して来た朝倉百合でした。アイスピックをちらつかせるという、脅迫的なやり方ではあったものの、いじめっ子を退治してくれた百合。百合の両親は、成金で、金にものを言わせて暮らし、娘には関心の薄い人たちでした。百合はハイソな高中家に憧れて入り浸り、真由子の持ち物を見境なく欲しがるように。真由子の母は、百合を、厚顔無恥だと嫌っていましたが、真由子は助けてもらった恩もあり、無下にできません。親友という名目のもと、真由子のすべて搾取しようとする百合は、物だけでなく、人をも奪います。それは、真由子の父と、父が目をかけていた作家の卵で、真由子の許婚(いいなずけ)だった澤村りょういちでした。
(以降、ネタバレあり注意)まだ少女だった百合の誘惑に抗えなかった父は、百合と睦み合う場面を娘に目撃された恥辱により、自殺します。未成年の百合は、建前上は被害者。百合は、父の自殺の原因を誰にも言わないという約束と引き換えに、20歳のとき、諒一を寝盗って妊娠、略奪結婚し、息子の直巳なおみを出産しました。「あなたも好きだった人の子だから、可愛がってあげてね」と、図々しくも言い放った百合。憎悪を募らせた真由子は、表面上は澤村家と親しくしながら、水面下では虎視眈々こしたんたんと20年越しの復讐を計画するのでした。

真由子が達成を夢見たのは、直巳に自分の趣味を埋め込み、完璧な男を造り上げつつ支配して行くことでした。(中略)彼女への重症のアディクションを抱えた美しくも性的な患者を完成させ手元に置きたかった。(中略)彼が真に自分なしでいられなくなるその時こそ、ようやくあだてる。

 直巳に性の手ほどきをし、自分好みに育てるという壮大な計画において、「与える」ことと「奪う」ことは同義であると真由子は考えます。そして、それに気づかない百合を、嘲笑っていました。しかし、百合はとっくに気づいていて静観していただけなのです。百合の反撃と衝撃のラスト。真に愛の「賢者」たるのは、どちらの女性でしょうか。

『血も涙もある』――不倫する者は、「血も涙もない」? 夫、妻、愛人、三者三様の心情を綴る


https://www.amazon.co.jp/dp/4103668172/

 人気料理研究家の妻・沢口喜久江きくえ50歳、妻ほどは売れていないイラストレーターの夫・太郎40歳、喜久江の助手で、太郎と不倫中の和泉いずみ桃子35歳。喜久江は、10歳年下の太郎を物心両面から支え、仕事は出来るけれど、夫を立てることも忘れない、対外的には「出来た奥さん」で通っていました。太郎は、そんな妻に甘えて風来坊を気取っています。桃子は、喜久江の作る料理の「信奉者」で、仕事の片腕。ある日、喜久江が桃子に、太郎の仕事場へ弁当を届けるよう言付けたことから、2人は出会います。小説は、3人の心理を、交互に独白する形式で進みます。

まず、桃子。

(太郎と逢っているとき)そこには、沢口先生はいない。この世から消えている。そもそも、太郎と2人、互いを好ましく感じていると認識し合ってから、先生は蚊帳の外の人になってしまうのだ。けれども、そんなのは気の毒なので、一応、話題にはのぼらせる。既婚者の男との恋愛においては、妻の話題は時候の挨拶のようなもの。今日の空模様はいかがですか、と尋ねるのと同じ。雨あられに見舞われそうなら、本日の逢瀬はまたの機会にしておきますか、と提案したりもする。(中略)そういう時、妻は男の配偶者であって、男の女ではない。(中略)男が妻の待つ家に帰って行くのも気にならない。痩せ我慢なんかじゃない。変な時刻に急遽、帰り支度をする彼の姿を見ても、大変だな、と思いこそすれ、腹を立てたりはしない。だから、そういう時、なんかあっちに悪くてさあ、なんて言わないで欲しいのである。空模様なんだからさ! 天気に悪いと何故思う!!

 桃子は、喜久江に隠れて太郎と関係を持っていても、喜久江を馬鹿にして優越感に浸るでもなく、尊敬の念は以前のまま。それは、太郎と逢っているときの自分と、仕事で喜久江を補佐するときの自分を、まったく別次元で捉えているから。桃子には人の夫を寝盗ったという罪悪感もないかわり、妻に自分の存在を知らしめたいという顕示欲もないのです。

 次に、太郎。

あの人(喜久江)は、おれの胃袋をつかみそこねているのに気付いていて、どうするべきかと日々画策している。真面目な性格だから、勤勉に考えすぎる。そして、さまざまな愛情表現を試みるのです。熱い。いや、暑苦しい。おれは、時々、過干渉の親に対峙たいじする息子のような気持ちになってしまうのです。(中略)不言実行で世話を焼こうとする。おれ、言無行でも良いのに。別に、それで十分生きて行ける。あんなにも手のこんだ弁当。確かに嬉しいけれども、たまには空の箱にハートを描いた紙切れ1枚を入れるだけにして欲しい。たとえですが、拍子抜けって重要じゃないですか。男女の間には。それがないと息が詰まる。(中略)喜久江のおれに対する愛は無償のものだと信じている。だから極めて自然に受け取ることにしているのでした。したいからする、という妻の欲望を尊重しているつもり。

  「そちらが尽くしたいなら、どうぞご自由に」という態度の太郎。けれど、喜久江と別れるつもりはなく、妻に対する愛情は、「惚れた腫れたの次元を超えた、里心のような」ものだとか。だから、愛人と別れて憔悴(しょうすい)して帰ったときは、妻に慰めてもらいたい、と身勝手にも思っているのです。

 最後に、喜久江。

太郎と出会ってからの、彼のいくつもの浮気、ラヴアフェア、そして、何回かの本気。それらに直面しても、わたしは知らん顔を通し続けて来た。(中略)とりあえず、毎回じっと耐えてみた。すると、案ずるより産むが易しという感じで、彼とそんな女たちの仲はすぐ終わった。男と女にとって、ことを荒立てる前の待機時間が、とても重要だと思う。わたしが怒りをあらわにしないことで、太郎は冷静さを取り戻し、き物が落ちたように、わたしとの日常生活に戻って来たものだ。日常生活。この重要なものよ! 太郎のそれは、もう既に大部分、わたしによって創り上げられて来たのよ。(中略)たぶん、この先も同様だろう、と諦めと安心を胸に収めて来た日々。そんなわたしは、どっしりとゆるぎない妻の座に居る女として、誰の目にも映ったことだろう。でも今、初めて、ひとりの女が原因でわたしの心は動揺している。

 夫の相手が、見ず知らずの女だったうちは黙認できても、それが自分の右腕の桃子と気づけば、平静ではいられません。そんな折、喜久江は、労作性狭心症で倒れ、入院することに。そこに太郎より先に駆け付けた、ある意外な男性、その後の急展開とは……。
 不倫を断罪する風潮が強まっている昨今ですが、そこには当事者にしかわかり得ない個別の事情があり、第三者が口出しすることがいかに無意味かを気付かされます。

おわりに

 前出の『血も涙もある』では、「倫理が何かは自分で決める」という一節がありますが、山田詠美作品は、世間でまことしやかにささやかれる社会通念を疑うことからを始まっていると言えるでしょう。私たちが正しいと信じ込んでいる倫理や道徳も、所詮は人間が作り出した虚構であり、時代や状況、個人によって異なるものだということを痛感させられることになるでしょう。

記事一覧
△ 内なる倫理を問い続けてきた作家 山田詠美 おすすめ4選 | P+D MAGAZINE TOPへ