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「夏の葬列」の著者・山川方夫のおすすめ作品3選

国語教科書の定番教材として有名な「夏の葬列」。学校の授業で読んだという方もいるかもしれません。作者の山川方夫は、純文学とショートショートの2つの分野で活躍した作家です。芥川賞と直木賞の候補に選ばれたこともあります。今回は、はじめて山川方夫を読む方にもおすすめできる作品を3つご紹介したいと思います。

終戦の夏の忌まわしい記憶と、衝撃の結末――「夏の葬列」


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山川方夫の代表作として挙がることの多い「夏の葬列」。物語は、終戦から10数年目のある夏の日、サラリーマンの「彼」が海辺の町を訪れるところから始まります。実はそこは、「彼」がかつて疎開児童として暮らしていた町でした。町の芋畑にさしかかったとき、「彼」は偶然にも小さな葬列を目撃し、戦時中のある出来事を思い出します。
その日、小学生の「彼」と友人のヒロ子さんは、海に出かけた帰り道に、町の芋畑で小型の艦載機に遭遇します。「彼」はとっさに芋畑の中に身を隠しますが、ヒロ子さんが「彼」を助けるために駆けつけます。ところが、「彼」はヒロ子さんの白いワンピースが標的になると思い込み、思わず突き飛ばしてしまいます。

悲鳴を、彼は聞かなかった。そのとき強烈な衝撃と轟音が地べたをたたきつけて、芋の葉が空に舞いあがった。あたりに砂埃のような幕が立って、彼は彼の手で仰向けに突きとばされたヒロ子さんがまるでゴムマリのようにはずんで空中に浮くのを見た。

ヒロ子さんの安否を知らずに町を去った「彼」は、自分がヒロ子さんを死に追いやったのではないかという罪の意識にさいなまれていました。実は、「彼」がその海辺の町を訪れたのは、そんな罪の意識を払拭するためだったのです。やがて、「彼」が葬列に近づいたとき、ひつぎの上の写真の人物がヒロ子さんだと気づくのですが……。そして、物語は衝撃の結末を迎えます。
周到に張られた伏線と結末のどんでん返しによって、小説の面白さを味わえる本作品。国語教科書に採択されたこともあって、今も根強い人気を保っています。現役作家の中にも推す声は多く、竹西寛子は、「もし、戦後に発表された短篇小説の中からすぐれたいくつかの作品が選ばれ、一本に集められるという機会があれば、山川氏の「夏の葬列」は、当然そこに収まるべき作品だと思う」(『現代の文章』)と述べています。
ストーリーと結末ばかりが語られがちな本作ですが、そのもう一つの魅力に、卓抜な風景描写があります。たとえば、結末に近いこの場面。

やがて、彼はゆっくりと駅の方角に足を向けた。風がさわぎ、芋の葉の匂いがする。よく晴れた空が青く、太陽はあいかわらず眩しかった。海の音が耳にもどってくる。汽車が、単調な車輪の響きを立て、線路を走って行く。彼は、ふと、いまとはちがう時間、たぶん未来のなかの別な夏に、自分はまた今とおなじ風景をながめ、今とおなじ音を聞くのだろうという気がした。

視覚、聴覚、嗅覚にうったえるこの描写によって、読者は、誰しもがもつ夏の記憶を呼び起こし、物語をより身に迫るものとして実感します。山川方夫の魅力として、ストーリー展開の巧みさや文章の上手さが挙げられますが、実はこのような風景描写にも作家の資質が表れています。
もともとは『ヒッチコック・マガジン』に掲載されたショートショートでもある本作品。星新一、都筑道夫とともに日本のショートショートの礎を築いた作家・山川方夫の才能が十全に発揮された一作となっています。

憧れだった団地生活の裏にひそむ恐怖――「お守り」


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「夏の葬列」と並ぶもう一つの代表作「お守り」。怪奇・ホラー短篇の名作としても名高く、アンソロジーに収録されることも多い逸品です。
サラリーマンの関口は、妻とともに公営団地に引っ越して新婚生活を送っています。ある日、会社帰りの彼が団地の敷地を歩いているとき、自分そっくりの男が彼の目の前を歩いて行くのを目撃します。男は、まるでその部屋の住人であるかのように関口の部屋に入り込んで行きます。実はその男は、同じ団地内の別の棟の住人だったのです。広さから間取りまで何もかもそっくりの部屋に住んでいたために、自分の部屋と関口の部屋とを間違えてしまったのでした。その出来事をきっかけに、関口は、すべての部屋が規格化された団地という環境が、そこに暮らす住民までも規格化してしまうのではないか、という考えを抱くようになります。

ぼくは同一の環境、同一の日常の順序が、同一の生理、同一の感情にぼくらをみちびいて行くのではないか、と考えはじめたんだ。でも、それだったら、ぼくたちはまるでデパートの玩具売場にならんだ無数の玩具の兵隊と同じじゃないか。無数の、規格品の操り人形といっしょだ。
 自分だけのもの、他のだれでもない、本当の自分だけの持ちもの、自分だけの領分、それはどこにあるのか。みんな似たりよったりの人間たちの集団の中で、ぼくは板の間にあけられた小豆粒のうちの、その一粒のように、いまに自分でも自分を見わけられなくなってしまうのではないのか?

建築会社に勤めている関口は、みずからダイナマイトを入手して持ち歩くようになります。それが自分と他人たちとを分かつために必要な行為だと考えたのでした。ところが、小説の最後には思いがけない結末が待ち受けるのです。
山川方夫の初期ショートショートの傑作。法月綸太郎は、「スタンリイ・エリンやロアルド・ダールの作風に通ずる「奇妙な味」の日本版」(「人間から少しだけ離れて」、『親しい友人たち 山川方夫ミステリ傑作選』所収)と評しました。作者自身もまた、当時日本に紹介されたばかりだった〈奇妙な味〉と呼ばれる一連の短篇を愛読し、その強い影響の下にショートショートを書き始めています。
加えて、本作を語る上で欠かせないのが「団地」という舞台設定です。「お守り」が発表されたのは、公営団地が次々に建設され、多くの人が団地生活に憧れを抱いていた時代です。本作品の凄さは、そんな憧れの的であった団地生活の裏にひそむ恐怖を、ごく短い枚数の中で、鮮やかに描き出している点にあります。実は、ここに示されたアイデンティティの問題は、高度成長期を経た現代でもいたるところに見られる光景でもあります。それゆえに、本作品は今日読んでも古さを感じさせないのです。

「愛」をめぐる人間関係の果てに待つものとは――「軍国歌謡集」


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「夏の葬列」をはじめとするショートショートの印象が強い山川ですが、実は、ショートショート以外にも優れた作品を残しています。「軍国歌謡集」もそうした作品の一つです。
朝鮮戦争が休戦を迎えた年のこと。主人公の「私」は、友人の大チャンの下宿に居候の身分で暮らし始めます。その頃、「私」は下宿の外から聞こえてくる若い女の歌声を耳にします。女は毎晩のように、戦争中に流行った歌をうたいながら通り過ぎて行きます。愛という名の幻影を一方的に募らせる大チャンですが、「私」にとって愛とは、家族をはじめとする他人とのわずらわしい「関係」の別名でしかありません。そんな「私」に、大チャンはこう語りかけます。

幻影は幻影だ。もちろんです。しかしですね、そういって整理をして、人間からその幻影を取っちゃったら、いったいなにが残りますか? 人間は、しんまで物質のつまった石ころと同じになっちゃうじゃあないですか。そんなことでいいわけはない。人間が石ころと同じだなんてのはウソだ。人間はね、幻影をつくりだす能力と、それを信じる勇気があるからこそ、人間なんです。

そんなある日、「私」は偶然その若い女に遭遇するのですが……。そして終盤には、予想もしない展開が待ち受けています。
あの筒井康隆をして、「三十四歳の若さで亡くなったことが惜しまれる山川の、最良の短篇である」(『創作の極意と掟』)と言わしめた作品。一見して戦争物のようなタイトルですが、中身はむしろ恋愛小説の体裁をとっています。本作品に登場する「愛」や「他者」といったキーワードは、山川の多くの作品に共通するテーマでもあります。山川は、本作品以外にもいくつもの好短篇を世に残しました。「煙突」「最初の秋」「展望台のある島」といった名作が、今日まで読み継がれています。

おわりに

34歳の若さで夭折した山川方夫は、同世代の作家の中では、決して知名度が高いとは言えないかもしれません。しかしながら、その作品は今日読んでもなお新鮮な驚きに満ちています。この機会にぜひ、山川方夫の著作を手に取ってみてはいかがでしょうか。

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