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地方出身者の悲哀と奮闘と 山内マリコおすすめ4選

東京に行きさえすれば、すべての不満は解決されるはず――。このように、東京に憧れる地方出身者は多いのかもしれません。自身も富山県出身の著者は、さびれゆく田舎の閉そく感や、地方出身者の上京時の戸惑いなどをテーマにした小説を発表してきました。そんな著者のおすすめ小説4選を紹介します。

『あのこは貴族』――違う階層の人とは交わらないはずの東京で、地方から上京した女子が出会った「貴族」とは?


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 時岡美紀は、1983年富山県の漁業を営む家の生まれ。県下一の進学校に通い、慶応義塾大学文学部に合格した美紀は、英語を身につけて国際的な仕事に就くのが夢でした。ところが、美紀の理想は上京後、早々に打ち砕かれます。その原因は、内部生という、慶応の幼稚舎からエスカレーター式で大学に来た同級生に出会ったこと。

ここには、本物の帰国子女が普通にいて、彼らは当然のように海外文学を原書で読み、自信たっぷりにネイティブ並みの発音で英語を話した。その堂々たる存在感に、美紀は完全に圧倒された。美紀がこれからどうがんばってみても、あんなふうに完璧な発音で英語を話すことは、きっと一生できないだろう。美紀は彼女たちの存在によって、嫌というほど思い知ったのだ。自分は、生まれた瞬間から途方もなく大きく水をあけられていて、その差はこの先何年経っても、縮まることはないのだと。

 内部生は、そのうえ、おしゃれも遊び方も洗練されていて、大学から慶応に入った外部生には近寄りがたいオーラを放っています。そこに、美紀に追い打ちをかける出来事が。家業の廃業により家計が逼迫して、美紀に仕送りが出来なくなったのです。大学を中退した美紀は、東京で必死に仕事を探し、32歳になりました。
 美紀は、慶応の同級生だった、内部生の青木幸一郎と腐れ縁の関係にありました。政治家一族の名家に生まれた幸一郎にとって、美紀は正式な彼女ではなく、都合のいい女友達。美紀はそれを承知で、その関係に甘んじています。ある時、幸一郎が、松濤しょうとうの開業医の娘・榛原はいばら華子と、お見合い結婚することを人づてに知ります。そして、ひょんなことから、美紀は華子に出会います。

自分は、幸一郎とつき合うことで、華子のような人生を追体験しようとしていたのかもしれない。東京の真ん中の、裕福な家庭に生まれ、大事に育てられたお嬢様に、自分もなってみたかったのだ。その思い、そのこだわりが、幸一郎と関係を切れなかった理由に違いない。でも、もういい加減、大学時代のコンプレックスから自分を解放してもいいころだろう。

 本来なら接点がないはずの階層の人と出会ってしまうこと。世の中には知らないままでいるほうが幸せなこともたくさんあるのですが、美紀は知ってしまったのです。それは悲劇なのでしょうか。
 この小説は、お嬢様と庶民の格差を描いて劣等感を煽ろうとするような、安易なものではありません。華子の側の苦悩も丁寧に描かれています。14年東京で暮らした美紀は、高校生の頃夢見ていた東京は、自身の過剰な憧れが作り出した幻想で、この街の大部分が上京した地方出身者で成り立っていることを、今では知っています。「自分もすっかり東京の養分になっている」と思うことで、東京に対してニュートラルな見方ができるようになった美紀。本作は、地方から上京して頑張るすべての女子への讃歌と言えるでしょう。

『ここは退屈迎えに来て』――「田舎に生まれたことは罰ゲームだ」と思う、こじらせ女子へ


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 田舎の排他感や退屈さから逃れ、東京へ出ようとする女子たちの心情を丁寧に綴った短編集です。
 以下の項目が当てはまる人は、本書を手にとってみるとよいかもしれません。

ヤンキーとファンシーが幅を利かす郊外文化、“ファスト風土ふうど”(地方都市の幹線道路沿いは、格安ショップや大型量販店など、どこも似通ったチェーン店が並んでいること)を忌み嫌っている。

田舎はみんな結婚が早い。幼馴染の車と鉢合わせるが、ファミリーカーに付けられた「赤ちゃん乗っています」というステッカーすら、母親であることのエゴを振りまいているように映る。

(知り合いだらけの小さな町は)予期せぬ再会が起こるから窮屈だ。東京の匿名性がことのほか気持ちいい。

誰とも分かち合えない趣味って悲しい。映画や音楽の趣味を共有できる相手は(地元には)いなかった。 

 東京へ行けば、「本当の私」を生きられると思い、大学合格とともに上京した朝子。田舎では、自分はマイナーなハイカルチャーが理解できる数少ない者だと自負していたのに、東京ではそれがメジャーな事柄だったのにショックを受けます。夏休みに帰省した朝子は……。

 なんにもない退屈な町だな、と思っていると、不意に、自転車にまたがって踏切待ちをしている、制服姿の少女の姿が飛び込んできて、はっと胸をかれた。あれは、わたしではないか? 朝子はなんだか、自分がいまもここにいるような気がする。そしてはっきりと悟る。わたしは自分の一部を、ここに置いてきたのだ。自分の一部は今もこの町にいて、やっぱりどこにも行っていないのだ。

 期待をもって都会へ行ったものの、都会にも田舎にも自分の居場所がないと感じる、寄る辺のなさ。田舎から都会へ出たことのある「はみだし者」を自覚する人なら、共感必至の1冊です。

『あたしたちよくやってる』――近未来2030年。東京から地方へ戻った50歳の女性が直面した現実とは


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 女性の生き方の、様々なシチュエーションを切り取った短編小説やエッセイを集めた1冊です。
 なかでも出色なのが「50歳」と題された短編小説。
 1980年に生まれ、今年(2030年)で50歳を迎えた「わたし」。大学進学のため、高校卒業と同時に上京、文筆業で生計を立ててきたものの、仕事を依頼してくれていた雑誌社がつぶれたことで、40代で地方の実家にUターン。久々の実家は、高校のとき使っていた参考書も、テーブルクロスのシミも、時が止まったようにあの時のまま。それは、「わたし」に、懐かしさというよりは、寂寥感せきりょうかんを与えるのでした。帰郷してまもなく、両親が他界すると、結婚・出産の機会がなかった「わたし」は、一人暮らしになります。英語の得意な「わたし」は、帰郷後、予備校などで英語を教えて収入を得ていました。

 予備校も、数年前に少子化のあおりで閉校してしまいました。その次にはじめた生涯学習センターの英会話教室も、定員割れがつづいてほどなくクローズ。自動翻訳の機能が飛躍的に向上したおかげで、どんな難解な言葉でも同時通訳ができるとあって、わざわざ英語を勉強する人がいなくなってしまったのです。
「昔はあちこちに英会話教室があって、“駅前留学”なんて言葉が流行ったこともあるんだよ」
 そう教えると(2005年生まれ、25歳の)柏原さんは、「信じられない!」と純粋に驚いています。
 英語は、わたしが両親から厳しく言われて身につけた、数少ないスキルでした。英語さえできればこれからの時代なんとかなると、父は自信たっぷりに説いたものです。それで、わたしもせっせと英検をとったりしていたのですが、機械の進化に追い越されて、当ては大きく外れてしまったのでした。両親が亡くなったのは悲しいけれど、同時に心のどこかで、世界がこれ以上大きな変動をする前に彼らが世を去ったことに、ほっとしてもいるのでした。
(中略)英語でお金を稼ぐ道を断たれ、わたしは市役所の嘱託職員の募集に応募しました。「移動手段のない高齢者を対象にした買い物難民救済策に於ける補助職員」。自家用車でお年寄りのうちを回って、ショッピングモールや病院に連れて行ったり、ネットショッピングの介助をしたりするのが主な仕事。

 しかし、それからほどなく無人運転の自動車が実用化されると、補助職員は必要なくなり、「わたし」はまたもや失業に追い込まれます。急速なIT化で時代の見通しがつかず、今の子どもたちの大半は、既存の職業に就かない時代が来るとも言われますが、本作では、高齢で独身の非正規労働女性の孤独と諦観、そんな自分も、けっこう「よくやってる」と自己受容してゆく様子が描かれます。

『かわいい結婚』――地方在住・ぐうたら専業主婦の、倦怠と明るい絶望とは


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 ひかりは、29歳の新米主婦。田舎で生まれ育ち、そこから一度も出たこともないまま、実家近くの新興住宅に夫と2人で暮らしています。専業主婦なのに、ご飯はレトルト、味噌汁はインスタント、掃除はルンバ任せという、手抜きの家事しかしていません。

買い物に出たひかりは、黙々と車を走らせた。大型店舗に行けばなんでも揃うから生活は便利だけど、ときどき自分が実験用のマウスみたいに、同じところをぐるぐる走らされているような気がした。生活に必要なものを買い集め、それを消費し、なくなったらまた買いに出る。ぐるぐる回っているうちに、1年10年とあっという間に月日が流れていくんだろう。買い物以外にこれといって行くところもない。平和で単調な暮らし。
時々スターバックスで甘いコーヒーを飲むのが、ひかりのちょっとした息抜きだ。とてもこの街の人とは思えない洗練された態度の店員たちを相手に、しれっとした顔で複雑なメニューを諳(そら)んじ、グローバル・スタンダードな安定した世界観に身を浸す。

 ひかりの生活圏は、前出の『ここは退屈迎えに来て』で描かれる“ファスト風土”の域から出ませんが、ひかりには、“ファスト風土”の中で暮らしているという自覚も焦燥感もないのです。それが、これまで紹介した小説のなかの地方女子とは違う点です。スターバックスにしても、前出の『ここは退屈迎えに来て』の登場人物なら、東京でも地方でも均質のカフェに身を置いてみても、自分は所詮この田舎から出たことはないのだ、とか、田舎なのにセレブを気取っていて気恥ずかしいとか、自嘲するところです。しかし本作のひかりは、スタバに行くことを純粋に幸せな時間だと捉えており、そこに自己批判が入り込む余地はありません。中央集権的発想は欠片もなく、夫の東京転勤に付いていかねばならなくなった友人には、「東京って何だかこわそう」と、心から同情しています。本作には、「東京は人の住むところではないと、田舎者がよく言うのは、自分たちが東京で暮らせないことへの詭弁(きべん)である」というようなことを言う人物が出てきますが、もし、ひかりがそれを聞いても、特に何も感じないでしょう。上昇志向が強く、意識高い系の人からすれば信じられない生活態度でも、自身を相対化してみることがないひかりは、自己充足感が強い様子。
 文庫版の解説で、湯山玲子は、本作は、マイルドヤンキー(地方在住で地元への帰属意識が強く、ステイタスが低くても、現状に満足しているので幸福度は総じて高い若者のこと)の実態を描いたものだと言及しています。
著者は、ひかりの生態を否定も肯定もなく、乾いた文章でスケッチしてみせます。『かわいい結婚』というタイトルの「かわいい」を、ストレートにほめ言葉と捉えるか、そこに揶揄が交じっていると捉えるか、読者によって様々でしょう。

おわりに

 日本の小説の舞台は、東京であることが多いものです。山内マリコは、地方で生まれた現代の若者の葛藤に、初めて光を当てた作家といっても過言ではないでしょう。田舎と都会、両方の生活経験がある著者は、そのどちらの描写にもリアリティがあり、また、一方が悪で一方が善というような、単純な二元論を避けています。地方出身者には、特に身につまされる内容の小説です。

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