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福永武彦が問いかける“死”の世界、『夜の三部作』を長男・池澤夏樹氏が語る

叙情性豊かな詩的世界の中に、鋭い文学的主題を見据えた作品の多い、作家・福永武彦。その作品の中には、「死」と対峙する人々を描いたものが多くあります。今回は、『夜の三部作』に寄せた、長男・池澤夏樹氏による寄稿文を掲載。池澤氏ならではの視点で紡がれる言葉を、ぜひ読んでみてください。

福永武彦の考える、”死生観”とは

福永武彦は叙情性豊かな詩的世界の中に、鋭い文学的主題を見据えた作品の数々で、没後37年経た今でも根強いファンを多く抱える作家です。

彼は肺を病み、清瀬の療養所で、20代の後半から30代前半まで足かけ7年の闘病生活を送りました。自ら“死”と向かい合う日々を過ごし、また療養仲間の“死”と対峙する中で、彼独自の“死生観”を抱くようになっていったのかもしれません。

「夜の三部作」初版書影

福永の作品には、“死”と対峙する人々を描いたものが多く、『夜の三部作』は「冥府」、「深淵」、「夜の時間」と、ストーリー上は繋がりのない作品で構成されていますが、3作とも“死”を見つめ、“死”を問いかける姿勢を正面から描いたもので、“死”への「三部作」だといえます。

今回も、芥川賞作家で福永武彦の長男である、池澤夏樹氏による、寄稿文を掲載します。

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写真提供:学習院大学史料館

死を前にした黄昏の時   池澤夏樹

ここには「冥府」、「深淵」、「夜の時間」の三つの作品が収められる。
この三つを束ねて作者は「夜の三部作」と呼んでいる。
「何も初めから連作のつもりで書いたわけではない」と言いながら、その一方では「この三つの小説は、私にとって『夜の三部作』という一つの作品である」とも言う。あるテーマを中心に据えて「冥府」を書き、その主題の延長線上に位する「深淵」を書き、更に、「人間の内部にうごめいている運命の悪意のようなものを、今度は正面から多視点で扱うことにし」て、「夜の時間」を書いた。

「冥府」は地獄ではないし、もちろん天国でも極楽でもない。ここは死者たちが再生までの時間を過ごす中継地、今のこの世界に重ねて言えば難民キャンプのようなところだ。テオ・アンゲロプロスの映画「こうのとり、立ちつくして」の中では難民キャンプが「待合室」と呼ばれている。自分が乗れる汽車が来るまでの間を過ごす場所。その汽車がいつ来るか、難民キャンプならば最終的に行き着く場所はどこで、いつになったらそこに行けるのか、それを気にしながらただ待つ。
福永の「冥府」はもっと民主的で、そこにいる死者たちの運命を握るのは官僚ではなく自分たちである。彼らは生前の属性に従って、「善行者」、「余計者」、「愛しすぎた者」、「嫉妬した者」、「知識を追った者」などと呼ばれる。七人の仲間で構成される法廷で生前を思い出して自分を説明する。それに応じて新生を許すか否かが審議される。つまり合議制。判断の条件は「死の準備」であり、「情熱」であり、「個性」であり、「意志」であり、「愛」である。
学者に新生があたえられないのを見てもわかるとおり、知的探求心などの評価は低い。能動的に生きた者は死んだ後も再びの機会を与えられ、すべてを忘却して新しい生に送り込まれる。任意に集まった七人の判断はしばしば感情的だが、それはそのまま作者の価値観を反映したものだ。
この冥府の設定は今から見ても大胆かつSF的でおもしろいが、その分だけ話が単純になり、羅列の印象は免れない。だから、語り手がこの死後の世界のからくりを少しずつ発見し、自分の過去についての記憶を取り戻し、踊り子との関係を思い出すという過程をミステリの手法で書いて奥行きを増す工夫をしている。後に彼が加田伶太郎という名で(これは「誰だろうか」のアナグラムになっている)数篇のミステリの佳品を書いたこと。船田学の名で(これも「福永だ」のアナグラム)『地球を遠く離れて』という未完に終わった宇宙旅行テーマのSFもあったことを思い出す。

「深淵」は三作の中で最も緊密な構成で、文体も最初から最後まで緊迫感を維持している。
ぼくはこれは福永の作品の中でもとりわけ優れたものだと思っている。
どうしても犯罪的にしか生きられなかった男と、信仰篤い女が出会う。一方が昇り、一方が墜ちる。E・M・フォースターが『小説の諸相』の中で「砂時計型の小説」と呼んだアナトール・フランスの「舞姫タイース」を思い出す。同じ構成と言いたいけれど、あちらはXの形で二人の運命が交差して分かれるのに対して、こちらでは二人の運命はYの字のように両方から寄ってきて合一する。しかしこのYは倒置させるべきかもしれない。彼女は自分がこの粗暴な男と共に墜ちると言うが、しかしそれを一つの愛として受け入れている以上、これは墜ちるのではなく昇るのかもしれない。もしも神にその気があれば二人は聖母マリアのようにアサンプション(被昇天)の栄誉に与るのかもしれない。
またここに『今昔物語』の影響を見てとることもできる。日本の古典の中でも『今昔物語』は福永が特に好きだったもので、後に現代語に訳しているし、いくつもの話を換骨奪胎して、長篇『風のかたみ』を書いている。男が女を掠うという主題の萌芽はここにあったのではないか。芥川龍之介が『今昔物語』に依って「藪の中」や「芋粥」を書いたことはもちろん福永の知識の中にあった。
あの説話集を貫くのは荒々しいものへの渇望である。それは『古事記』にも読み取れる。愛と孤独に終始したかに思える福永の文学にはもう一つ、こういう要素もあったとも考えられる。
おのれに忠実という男の姿勢は一つの徳であるし、セクシュアリテに身を任せるという女の姿勢も一つの徳だと言うことができる。
心の奥底から湧いて出る告白の文体が交互に重ねられ、最後は新聞記事の引用というまったく別種の文体で終わるあたり、技法としても見事。作者によれば、これは手許に取っておいた新聞の切り抜きをもとに書いたものだという。この着地点に向かって物語を組み立ててゆく力は賛嘆に価する。

暴力的な愛という「深淵」のテーマは「夜の時間」に継承された。
これは、「冥府」や「深淵」の実験性に比して、ずっと通常の小説に近い作品である。四人の男女が登場し、十七に分けられたパートごとに一人の視点からことの推移が記述される。この手法は後に『忘却の河』で家族の一人ずつを語り手=主人公にする短篇連作という形の長篇小説として、より徹底した形で完成した。
ただし四人の内、奥村次郎が自ら語ることはない。彼は不破にとっても文枝にとっても他者である。なぜならば彼こそが「運命の悪意」を具体化した人物として文枝の前に、そしてやがては不破の前にも、現れるからであり、謎として設定されている以上その内面に立ち入るわけにはいかないから。
彼はドストエフスキーの『悪霊』のキリーロフを範とする超越者の哲学を信奉し、あるいは夢想し、自分の運命を自分の手に握ろうとする。自分にはすべてが許されると考える点ではむしろキリーロフより『罪と罰』のラスコーリニコフに似ているかもしれない。サンクトペテルブルクの学生は自分にはすべてが許されていると信じて金貸しの老婆を殺す。同じように奥村は自らの運命の支配者になるつもりで文枝を……
しかしそれが錯誤であったことを事後に覚って、本来の意図とは別の理由で自殺する。
この経緯は二つの時間の中で語られる。一つは不破雅之と奥村が及川文枝と知り合ってから奥村が自殺するまで。もう一つはその四年後、そのまま会うこともなかった不破と文枝が井口冴子の仲立ちで再会し、不破がことの真相を知るまで。
こう書くと冴子の役割は小さいように思われるが、しかしこの話の中で「運命の悪意」や「暗黒意識」を最も深く体現しているのは彼女なのだ。結核で病床にある彼女こそが、寝たままで最も思弁的な時間を過ごしている。「夜の時間の中では、万事がもう終っているのよ。ところが黄昏には、まだ少しばかりの希望がある」と彼女が言うのは、この処女こそが夜にいちばん近いところにいるからに他ならない。

池澤夏樹(作家・詩人)


池澤夏樹 Natsuki Ikezawa
1945年生まれ。北海道出身。小説家、詩人。埼玉大学理工学部物理学科中退。1988年「スティル・ライフ」で芥川賞を、1992年『母なる自然のおっぱい』で読売文学賞を、1993年『マシアス・ギリの失脚』で谷崎賞を、2000年『花を運ぶ妹』で毎日出版文化賞を受賞するなど受賞多数。その他の作品に『静かな大地』『きみのためのバラ』『カデナ』『双頭の船』など。作家・福永武彦を父に、詩人・原條あき子を母に持つ。2014年8月より、北海道立文学館館長を務めている。

おわりに

池澤氏は、『夜の三部作』に収録された3作品のうち、特に「深淵」を高く評価しています。
いずれも“夜の深い闇”を感じながら、福永武彦の”死生観”を味わえる「三部作」なのです。

そして『夜の三部作』はP+D BOOKSにて電子書籍と紙の書籍でも発売されています。

人間の“暗黒意識”を主題にした三部作
人間の奥深い内部で不気味に蠢き、内側からその人を突き動かそうとする“暗黒意識”を主題に書かれた「冥府」「深淵」「夜の時間」の三部作。
作家・福永武彦の死生観が滲み出た作品群だが、各ストーリーにつながりはない。
「僕は既に死んだ人間だ。これは比喩的にいうのでも、寓意的にいうのでもない。僕は既に死んだ」という書き出しで始まる「冥府」は、死後の世界を舞台にした幻想的な作品。
「深淵」は敬虔なクリスチャンの女性と、野獣のごとき本能むきだしの男との奇妙な愛を描いた物語。二人それぞれが一人称の告白体で、サスペンス的な要素も色濃い作品。
「夜の時間」は、男女の三角関係を、過去と現在の二重時間軸構造で描くロマンあふれる作品。

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P+DBOOKSでは、福永作品『海市』に続き、『風土』、今月『夜の三部作』と3カ月連続で復刊し、芥川賞作家で福永武彦の長男である池澤夏樹氏が、3タイトルともにあとがき解説を寄稿しています。

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